約 774,131 件
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/367.html
カラオケネタその1 ハルヒ「じゃあ!いっちばーん涼宮ハルヒ歌いまーす♪」 キョン(どうせ2番も3番もおまえだろうよ) ハルヒ「まっかにもぉえたー♪たいようだぁからー」 キョン「美空かよ!!」 長門「ユニーク」 カラオケネタその2 ハルヒ「にばーん!涼宮ハルヒいきまーす!!」 キョン(やはりおまえか………) ハルヒ「そーらーときみーとのあいだーにはー♪」 長門 「同情するなら金おくれ」 キョン・ハルヒ「!!」 カラオケネタその3 ハルヒ「さんばーん!涼宮ハルヒ with 有希~!!」 キョン(いい加減疲れないか? それに長門。おまえ歌えるのか?) ハルヒ「にーっぽんの未来は♪」 長門 「wow wow wow wow♪」 キョン「むしろノリノリ!?つーか振りつけいつ覚えた!?」 カラオケネタその4 ハルヒ「よんばーん!!さっきから拍手しかしてないみくるちゃーん?歌いなさい!」 みくる「ふぇ!?わかりませんよ~~~」 ハルヒ「闇カラ闇カラ~」 キョン(番号を好き勝手入れて歌わすヤツか……どっちにしろ歌えないだろうなあ) ハルヒ「これよ!」ピ! みくる「……『時をかける少女』?」 キョン(ここでハルヒパワーか!!) カラオケネタその5 ハルヒ「もう!みくるちゃんたら今度はちゃんと歌いなさいよ!! 次!ごばーん!!古泉君いけるかしら~?」 古泉 「僕ですか?……いいでしょう」ピ! ハルヒ「──これは!!」 キョン「まさか!!」 古泉 「盗んだバイクで走り出すー♪」 キョン(どうでもいいが、尾崎豆を思い出した) カラオケネタその6 ハルヒ「じゃあ気を取り直してろくばんっ!ゆき!!何か歌いなさい!?」 長門 「……そう」ピ! キョン(俺に来ると思ったが……免れたぜ……しかし長門は何を歌うんだ?) 長門 「わたしまーつーわー♪いつまでもまーつーわー♪」 キョン(そりゃ3年も待機してりゃな……) 長門 「違う……」 キョン「ん?なんか言ったか長門」 長門 「何も」 カラオケネタその7 ハルヒ「さぁて、喉の疲れも癒えたことだし!これからが本番ね!!」 キョン(おお何か俺は歌わずに済みそうだゾ) みくる「あの~涼宮さん、キョン君が歌ってないような……」 キョン(あああああ朝比奈さん!?こんなとこで気を遣わなくたって……!!) ハルヒ「ああ、キョンはいいのよ」 キョン(は?お前豆腐の角で頭打ったか?らしくないこと言い出したぞ?) みくる「ええ?何でですか?」 ハルヒ「キョンはこれから聞・く・の・♪」 キョン「へ?」 ハルヒ「じゃあまずはこれ!」 キョン「!!おま!これは!!」 ハルヒ「ふふん、耳の穴かっぽじってよぉっく聞きなさい♪」 キョン(これは、絶対堪えられん……!!この場から脱出しなくては……)がしっ! 古泉 「どこに行かれるんですか?」 キョン「おい!?古泉離せ!!つーか長門!?お前まで」 長門 「手作りプリン……」 キョン「買収!?」 ハルヒ「♪とってもとってもとってもとってもとってもとっても大好きよ♪」 キョン(あああああ!!広末は反則だろ~!!!!) ハルヒ「じゃあ次は……椎名林檎の『ここでキスして。』」 キョン(ぐぁ!!それはマジ勘弁……!!) ハルヒ「ん?有希、何?この歌?嘉陽愛子の『愛してね もっと』?」 キョン(ぬぁーがぁーとぉー!!!!何勧めてんだ!?どんな曲だか知らんがタイトルからしてもうヤバいぞそれ!!) こうしてハルヒの独演会はなんと30分に渡って行われた。 それからしばらくの間、俺の頭の中でハルヒの声のあまーい歌がリフレインし続けたのは言うまでもない。
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/4100.html
『涼宮ハルヒの行方』 「これは、いったい」 気が付くと古泉一樹は閉鎖空間にいた。そこは学校の校門だった。 何かおかしい。何故いきなりここにいる。 彼は見慣れたはずの色彩のない空間に奇妙な違和感を覚えた。 眼下に広がる灰色の街で、無数の神人がうごめき、破壊の限りを尽くしている。もう始まっているとは……。それにしてもすごい数だ。『機関』の能力者を総動員してもあれだけの神人を相手にするのは不可能だろう。 「ここは閉鎖空間なの、古泉君?」 声がした方向に朝比奈みくるが立っていた。周囲を警戒するように灰色の景色に視線を巡らせている。グラマーな美人教師の傍らに小柄な長門有希の姿も見える。 「そのはずですが、何か妙な感じがします――あ、そういえば、朝比奈先生、長門さんも、お二人ともどうやってここに来られたのですか」 「分からないわ、気が付いたらここにいたの」 「私達は涼宮ハルヒによって召喚された。全てを見届ける証人として」 有希が唐突に口を開く。いつものごとく、そのおもてに表情は浮かんでいない。 「ハルヒさんが? あの子は何処です、有希さん?」と、みくる。 「あそこ」 有希が指差したのは校庭だった。 グラウンドの真ん中に一人の人影が見えた。水色のセーラー服を着た小柄な少女の姿。 そのとき、校舎のほうで青白い光がゆらりと立ち上がった。一体だけではない。二体三体と次々に立ち上がる 「神人です。ここにいたら危ない。とりあえず、涼宮さんのところへ行ってみましょう」 一樹の声を合図に三人は校庭目指して走った。 背後で何かが砕ける音がした。 神人が校舎を破壊し始めたのだ。 ――やめてよ! 校庭に下りる階段の手前で悲痛な叫びが聞こえた。 三人は立ち止まった。 いや、聞こえたのではない。耳にはガラスの割れる音やコンクリートが砕ける音しか届いていない。叫びは頭の中に直接響いた。 ――あたしは、ここにいるでしょ! 神人ののっぺりした顔が校庭に向けられる。 ――あたしは町や学校を壊したいんじゃない。 ――そんなもの壊したってなにも変わらない。 ――キョンくんが生き返るわけじゃない。 神人達は校舎の破壊をやめ、校庭のハルヒへとその巨大な一歩を踏み出した。しかし校庭の手前で見えない何かに阻まれて近づくことができない。神人達は苛立ったように透明な壁を攻撃し始めた。 ――そう、壊したいのは、 ――あたし。 「ハルヒさん……」 みくるは悲しげに呟いた。ごめんなさい、みんな……みんな私のせいだわ。 ――願いさえすれば、あたしはキョンくんを救えた。 ――救えたはずなのに。 ――なぜ、祈らなかったの? ――なぜ、信じなかったの? ――なぜ、諦めたの? ――嫌なあたし。 見ると街で暴れていた神人達も学校目指して山を登り始めていた。 「涼宮さんは世界を造り替えようとしている」 一樹の顔にいつもの笑顔はない。「涼宮さんは彼のことが好きだった。彼のいない世界は彼女にとって何の価値もない。だからこの世界を捨てて新たな世界を作る気でいるんだ。もう終わりだ。僕の力も消えようとしている」 「いいえ、古泉君、これは終わりではないわ」 決然とみくるが言う。「私が今ここにいることが証拠。ここで世界が終わるなら未来から来た私はここにはいません。この先に未来があるから私はここにいられるんです」 「じゃあ、僕が信じていたことはみんな嘘だったと言うんですか、朝比奈先生!」 「古泉君、聞いて。私がいた時代から見て、過去――つまり、今いる時代に涼宮ハルヒという人物は存在していません。生きてるとか死んでるとかじゃなくて最初からいないんです。ハルヒさんのご両親、涼宮夫妻には子供はいませんでした。未来ではそういうことになっているんです。これは……規定事項なの」 「そんな……まさか」 ――キョン 何かが割れるような音がしてハルヒを取り囲むバリアが消失した。 ――あなたに 破壊されるフェンス。なぎ倒される木々。神人達がグラウンドに進入した。 ――逢いたい。 その瞬間、全ての神人がその輪郭を失い、眩い光と化してハルヒめがけて殺到した。 「涼宮ハルヒによる大規模時空改変事象の観測を開始する」 預言者のごとく、有希は、始まりの時を厳かに告げた。 ▼古泉一樹 僕は空港の出発ロビーで予約していた航空便の搭乗手続きが始まるのを待っていた。 あれから僕は北高を卒業し、一流大学に進んだ。今じゃちょっとした上級国家公務員だ。『機関』時代のコネがあったとはいえ、ここまでたどり着くまでのは、なかなか大変でしたよ。 涼宮さんの消滅を機に僕らの超能力は消え、『機関』は解散した。しかし『機関』を中心に政財界をはじめとするあらゆる分野に張り巡らされたパイプは残り、否応なく世界の危機に立ち向かった人々の絆を発端として、この国に新たなムーブメントを生んだ。それが世界中に広がるには、まだ時間がかかるが、その歩みは一歩一歩着実に進んでいる。 僕はスーツの裏ポケットから一枚の写真を取り出した。 あの五月の部室で撮ったSOS団結成の記念写真。最も楽しかったあの瞬間。いつ世界が崩壊するか心休まることがなかったが、なぜか充実感に溢れていたあの日々。悲しい結末になってしまったのは残念でならない。 未来人の朝比奈みくるは僕が卒業するまで北高で英語教師を勤め、その後姿を見なくなった。卒業の日、僕の下駄箱にはファンシーなレターセットに書かれた手紙が入っていた。それには朝比奈さんからの短い別れの言葉と、僕の未来のことが記されていた。遠回しな表現だけど、どうやら僕は歴史に名を残すひとかどの人物になるらしい……それって、禁則事項じゃないんですか、朝比奈先生。 宇宙人の長門有希は、あれ以来姿を見かけたことはない。彼女は急に転校したことになっていた。カナダにいる親元に行ったとかどうとか。きっと彼女が情報操作を行なったに違いない。ほんとカナダが好きですね、あの人は。実際のところ、彼女がどうなったかは不明だった。今も地球にいるかもしれないし、情報統合思念体に回帰してしまったのかもしれない。タコみたいな体の火星人型インターフェイスになって火星を調査している可能性だってある。でも、僕はあの読書好きの少女にまたいつか会えるような気がしてならない。そのときは、長門さん、一緒にカナダでも旅行しますか。 僕は、写真の中で恥ずかしそうに笑顔を作っている少女を見た。その横に満足そうな表情の彼の姿もある。 涼宮ハルヒ、神のごとき力をもった内気な少女。彼女が去っても世界は何事もなかったように続いた。ただ、彼女が生きていたという事実だけが消えていた。残ったのはこの写真と思い出だけ。涼宮ハルヒがどこへ行ったのかは分からない。たぶん新たな世界を創造してそっちで楽しくやっているのかもしれない。僕はあの光の中に彼の姿を見た気がした――死んだはずの彼の姿を。あれは新世界の彼だったのかもしれない。ならば涼宮さんのことは、彼が導いてくれるだろう、きっと。そうであって欲しい。 「涼宮さん、あなたはこの世界を僕らに託してくれたんですよね。ならば、僕、古泉一樹はSOS団副団長として、この世界を大いに盛り上げて見せますよ」 出発ロビーの案内盤が『搭乗手続中』に変わる。 僕は写真をポケットにしまい、ブリーフケースを持って立ち上がった。 「それが僕の規定事項のようですから」 ▼朝比奈みくる 私は閑静な住宅街の端に位置する墓地を訪れた。ここに一人の少女のために命を犠牲にした少年のお墓がある。私の時間平面ではこの場所は墓地以外の施設に作りかえられているため、彼を偲ぶとき私はまたこの時代にやってくる。 墓石に黄色い花束を供え、この時代の人たちがするように手を合わせる。石の墓標を飾る黄色い花。ハルヒさんがいつも着けていた髪飾りの色。こうして見ると彼があの子を抱いているようだ。 ハルヒさんは自分にコンプレックスを持っていた。内気な性格を気にして、自分を変えたいと願うと同時に、そんな自分を生み出した過去を封印しようとした。それが時空の断絶という形で現れてしまったのだ。あの子がどうやってそんな力を手に入れたのかは分からない。古泉君や長門さんはうまく説明してくれるかもしれないけど、たぶん永遠に謎のままだろう。ハルヒさんはどの時間平面からも消えてしまっていた。規定事項どおりに涼宮ハルヒという人物は存在しなくなった。あのとき、私はあの子から激しい時空振を感知した。時間平面が次々入れ替わり、時空の歪みが修復されていく一方で、新たな時間平面が無数に発生していた。彼女は誰かに手を引かれるようにその中に消えていった。涼宮ハルヒ自らが作った新たな時空へと。 私は自分自身に問う、本当にこれでよかったのかと。 全時空を震撼させた閉鎖空間が発生するより以前、朝倉涼子が作った異空間での戦いで、偶然そこに迷い込んだハルヒさんを庇って彼は倒れた。異変を感じて長門さんと古泉君とともに駆けつけたときは既に遅かった。だけど、あのとき、私はブレスレットの治癒デバイスを使えば彼の命を救うことができたかもしれない――にもかかわらず、私はそれをしなかった。過去の人間に対し私の時代の道具を使用するのは禁則事項だったし、どのような形であろうと、その時間に彼が死ぬのは規定事項だったから。規定事項を崩せば未来がどうなるか分からない。歴史が変わってしまう。 私は彼を救いたかった。救うことができた。でも救わなかった。 結果的に規定事項は守られた。でも、ハルヒさんを――彼によって心を開いた、か弱い少女を悲しませてしまった。 この事実が私を苛む。 規定事項とは何だろう。時空エージェントとしての私は間違っていなかった。でも人としてはどうだろう。一人の人間として、人として正しいことをせずに未来を守ることが正しかったのか? 人ひとり救えずに未来を救ったと言えるのか? 控えめなハルヒさんが、彼に手を引かれて、世界を大いに盛り上げていく歴史があっては何故いけないのか? 「キョン君――」 私は墓標に向かって言った。言わなければならなかった。 「私は誓います。私の進む時空で、もしあのときと同じ選択を迫られたら……私は間違えない。今度は人として、朝比奈みくるとして、正しいことを行ないます。今この時から、それが私の規定事項です」 私は彼のために泣いた。 ハルヒさんのために泣いた。 そして思い出の詰まったこの時間平面から未来へと消えた。 また来よう、私は弱いから、今の誓いを忘れそうになった時に。 ▼長門有希 圧倒的な光の奔流の中、涼宮ハルヒが行なう世界改変のプロセスが始まった。膨大な情報が涼宮ハルヒの周りに渦巻いた。私の目を通じて情報統合思念体も事態の推移を見守っているはずだ。 私は驚愕した。涼宮ハルヒを中心に、情報統合思念体がこれまで蓄積したよりもはるかに多くの情報が集積していた。この宇宙開闢にも匹敵するエネルギーはどこから来るのか。私はすべての感覚を総動員して、恐るべきパワーを注意深く観測した。間違いない。涼宮ハルヒは何もないところから情報を生み出している。無から有を創造する力。それは情報統合思念体にはない力だった。 全てが終わったとき、古泉一樹が恐れていた世界の崩壊は起こらなかった。朝比奈みくるの懸案事項だった時空の断絶は消滅した。涼宮ハルヒはこの世界からいなくなった。閉鎖空間内部で発生した膨大な情報はどこにも残っていなかった。おそらく彼女の創造した世界の内部に流れ込んだものと推測する。彼女のことは彼女に深くかかわった人々の記憶にのみ残った。 地球という惑星に発生した人間という有機生命体は、その脳内において複雑に絡まったシナプスとパルスの揺らぎによって『想像』という能力を形成するにいたった。通常、想像の力は個体の範疇を超えることはないが、個体内部においてはあらゆる法則を無視することができる。私はそれを人間の想像の産物である書物から読み解いた。どれほど不可能に思えることでも想像の上では全てが可能となる。そしてそれが発信源となって、ごく稀に現実の世界に影響を及ぼすことがある。確率ゼロ、すなわち不可能であるはずの事柄にほんの僅かな可能性を生じさせるのである。どんなに低い確率の事象であっても、確率がゼロでなければそれはいつか起こり得る。つまり―― 全ての人間はごく低い確率レベルの世界改変能力を持っている。 涼宮ハルヒの力は、想像力が個体の範疇を超えて宇宙規模にまで拡大したものだと私は結論する。だから、彼女は願うだけで、いともたやすく不可能を可能にし、無から有を生み出せた。逆に、自らの心に枷をはめれば、それもまた能力の封印という形で実現したのだ。しかし彼によって封印は解かれ、『想像』は『創造』へと変わり、あの少女は新たな象限へと旅立った。 私は知った。人間がこの宇宙に存在する限り、『涼宮ハルヒ的事象』は再び起こり得る。 おそらく、情報処理能力を物質の化学反応に依存する有機生命体に高度な知性が発生したのは、『想像』の力が大きくかかわったに違いない。『想像』とは、ロジックでしか思考することのできない情報統合思念体には決して理解できない概念。情報統合思念体は否定するだろうが、これこそが彼らの求めていた自律進化の可能性なのではないだろうか。 私は情報統合思念体によって作られたインターフェイスではあるが、血と肉を持つがゆえに、情報統合思念体の持つ計算能力と、物質のたががはめられた人間の脳を同時に持っていた。最初、私の脳はインターフェイスの維持にのみに使われていたが、涼宮ハルヒとSOS団の人々との交流を通じて活性化した。そこから得たものは、うまく言語化できないが、あえて言うならば『感情』だろうか。私は進化したのだろうか? 確信が持てなかった。確かめる術はもはやない。彼の死と涼宮ハルヒの消失をきっかけにSOS団はちりぢりとなった。私達が一同に会することはもう二度とない。私は悲しいと思った。 だから私は想像する。 満面の笑みでSOS団を率いる涼宮ハルヒを―― 恥ずかしげに微笑む小さな朝比奈みくるを―― 絶やさぬ笑みでよく喋る古泉一樹を―― 光となり影となって涼宮ハルヒを慕い支える彼を―― そして…… 彼らの傍らで控えめな笑みを浮かべる私を―― 私は願う。 想像の中にあるこの光景が、いつの日にか私の心の枠を超えて、宇宙に広がることを。 彼らの世界が大いに盛り上がることを。 END
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/576.html
翌日 窓越しに聞こえる雨の音に起こされた俺は、予定時間より早起きしてしまったことを嘆いていた しかし、覚めてしまったものは仕方なく、もう一度寝るのも忍びない、というかもう一度寝るほどの時間もない …と、それは言い訳か 実際は昨日の出来事を思い出した頭の中がお花畑でチーパッパなのだ ―涼宮ハルヒと付き合うという事実 その喜びが、無尽蔵に押し寄せて実は昨夜もなかなか眠れなかった 思わず、今日の朝も早起きしてしまった、ということだ まぁ気を取り直して、外は雨…部室か ちゃっちゃと着替えて早めに行ってみようか ハルヒに少しでも早く会えるかもしれない とかそんなことを考え、心とは裏腹に降りしきる雨なんか気にも止めなかったのだが、今思えば ―雨はすべてを物語っていたのかもしれない そして浮き浮きしながらも淡々と準備を終わらせた俺はとっとと家を出る 久しぶりに登る坂道を越え、文芸部室に到着した 部屋に入れば…なんと誰もいない、もちろんハルヒもいない。残念 大きな期待が裏切られた時というのはその分落胆も大きいもので無気力にイスに座る しばらく何をするでもなく暇を持て余していると最初の登場人物 俺はハルヒを期待したのだが古泉だった 最大級の裏切りだ 「おはようございます、あなたが最初なんて珍しいですね」 諸事情で早起きしてな 「おやおや、遠足前の小学生みたいですね、そんなに涼宮さんにあえるのがうれしいんですか?」 昨日も会ってるだろうが、おまえはどこまで知っているんだ? 「どこまで…とは?涼宮さんと何かあったんですか?ぜひお聞かせ願いたいですね」 …しまった、つい口が滑った 気分が浮かれたいたのをいいわけにさせてくれ 「それよりも古泉、おまえはハルヒのスペシャリストじゃなかったのか?」 この言葉で話題をそらせれば御の字だ 「昨夜から妙に浮かれている、ぐらいしか僕にはわかりませんよ。それが負の感情じゃないから、こうやってあなたをいじれるんじゃないですか」 いじるとか言うな、気分が悪い さて、どうやってごまかそうか、そんなことを考えていたのだが 「あ、おはようございますぅ」 とわが麗しの… ハルヒと付き合うことになっても可愛いものは可愛い、そうだろ? 改めて、麗しの朝比奈さんのご登場である 「あ、そういえばキョンくんおめでとう、だよね?」 ちょっと待ってください朝比奈さん あなたは未来人であってこの古泉のように超能力者ではないはずなのに、いや古泉も超能力で心が読めるわけではないですが、どうして俺の心を読んでしまうのです? そんなに今の俺はわかりやすい顔をしていますか、そうですか 「いえ、そうじゃなくてこれは…」 とまで言って朝比奈さんは言葉をつまらせた そして 「ごめんなさい、禁則事項みたいです」 と続けた いったい何が禁則に当てはまったのか? ハルヒと俺が付き合うのはこの時間平面上の必然だったのだろうか? まあ、何でもいいか 朝比奈さんはこれから着替えるだろう、そう思って古泉を伴い、部屋を出ようとしたのだが、朝比奈さんに袖を捉まれる なんだ、どういうことだ? 「キョン君ごめんなさい、ちょっとだけ…ね?」 と、首を傾けた朝比奈さんはとても可愛かった …ハルヒに聞かれたらどうなるか、果てしなく恐怖だ その仕草に気をとられそうになるが、朝比奈さんが時計を気にした一瞬を見逃さなかった この感じは前にハカセ君を助けたとき… また、前みたいなことがあるのか? でも、未来人の直接干渉はタブーって言ってなかったですか?朝比奈さん 「あ、朝比奈さん?」 とりあえず何かを読み取ってしまった俺だが何をするのかまではわからない 中途半端な状況で俺の声は戸惑っていた その声で俺の心境を読み取ったか、朝比奈さんは堂々と時計を見始めた 「ごめんなさい、キョン君、強制コードなの」 嗚呼、そんな潤んだ眼で上目遣いを… 「それはどういう―」 俺の言葉は途中で止められた なんと朝比奈さんが俺に… 心の準備はいいか? 朝比奈さんが俺にキスをしてきたのである …そこ、嫉妬していいぞ ちょっとこんなとこハルヒにみられたら… その時、俺は本当にこう思ったのか思わなかったのか それほど、ぴったりのタイミングでドアが轟音をたてたのだ 「ヤッホー!み…」 轟音の先にいた人物、要するにハルヒだが ハルヒは言葉途中で絶句していた 当然か、俺が入ってきたときにハルヒが古泉とキスしてたら俺も絶句する やばいな、これは死んだかもしれん 美少女に 振り回されて オチはこれ ―俺、辞世の句 なんてやってる俺の予想を裏切り… ハルヒは目に涙を目一杯ため、駆け出して行ってしまった しかし、あの朝比奈さん(大)の言っていた「ちゅーまでなら許す」っていうのがいやはや、規定事項だったとはね …いや、落ち着いている場合じゃない 「ハルヒっ!!!!」 俺は走りだしていた 一番大切な人の笑顔を守るために 部室を出る時に朝比奈さんが「ウフフ、うまくいきそうです」といっていたのが聞こえた気がする 散々誰もいない学校を走り回ってやっと中庭で座り込んで雨の中泣いているハルヒをみつけた やばい、可愛いすぎて理性が吹っ飛びそうだ 「ハルヒ!!!」 俺は無我夢中で駆け寄った ハルヒは俺の声に気付いたのか、顔をあげると眉を釣り上げこう叫んだ 「キョンのバカッ!あっち行け!」 泣いたり怒ったり大変だなハルヒ …と俺のせいか しかし、あれだけのことをしたというのに頭ん中はやけに冷静だ まぁ、それもそうか あれは浮気ではなく事故なのだから 雨に濡れているのも原因の一つかね 「ホントは前からみくるちゃんと付き合ってて、あたしを弄んだだけなんでしょ!」 冷静な思考回路を巡らしてる間にハルヒがまくしたてていた うーん…人間って不思議なもので、心が冷静でも体が勝手に動くことがあるんだな ハルヒを抱き締めていた 「離せ!バカ!!」 叫びながらハルヒは俺のボディーに的確なブローを叩き込んでくる 世界を狙う気かお前は ここで俺が保証する、難なく獲れるよ、世界 なんて言っている場合ではなく、ブラックアウトしそうになる意識をなんとか保ちながら、痛みに耐えていた 今は耐えるんだ、耐えて耐えて耐え抜けば、そのうち痛みに慣れる だが、このままだと慣れる前にお星様が見える 仕方ない弁解を開始しようか 「ハルヒ、あれは事故なんだ」 言ってから俺はバカなことを言ったと思った どうしたら事故であんなことになる? 「…事故?」 俺の腕の中でハルヒが涙目の上目遣いという究極のコンボで俺を見る …って信じたのか?ハルヒは とりあえず、続きを話させてくれるようだ 「ああ、何を思ったか、朝比奈さんが急にキスしてきたんだ、何が起きたか認識できなくてな、その瞬間にお前が入ってきた、というわけだ」 事実をありのままに語った以上、これを華麗にスルーされたら俺は言葉を失ってしまう 「…え?…なんで…みくるちゃんが…?」 それは禁則事項らしい なので俺にわかるわけもなく、このキスが何をもたらすのか全然わからない 「さぁな、全然わからん」 古泉がいつもやるように肩をすくめてみせた ハルヒも少し落ち着いてきたし、ちょっとぐらいユーモアを入れてもいいだろう 「…?」 謎である旨を伝えるとハルヒは考えだした 考えて出てくるのならフロイト先生もびっくりだ しばらくハルヒはうんうんうなっていたが、なぞなぞの答えを聞いたときのような顔をして、こう話した 「なんだ、やっぱりキョンのせいじゃない」 ホワイ??なぜに?? 何か俺、朝比奈さんにしたのか?? そんな疑問が顔にでていたのだろうか、ハルヒがしたり顔で続けた 「と、とにかくあんたが悪いんだから罰ゲームよ」 やれやれ、自分が悪い理由を知らないまま罰ゲームとはね まぁ、それでハルヒの機嫌が治るならやすいものか 「何をすればいいんだ?」 できるだけ穏やかな、優しい笑顔で話し掛けた 俺だって早く仲直りしたい 「あ、あたしとキスしなさい」 顔を真っ赤にしたハルヒがそこにいた 「は?」 罰ゲームらしからぬ罰ゲームに思わず聞き返してしまった 「な、何よ、みくるちゃんとはキスしてあたしとはキスできないっていうの?」 そう言ったハルヒの顔にはいくばくかの焦燥が浮かんでいた 言っておくが俺は朝比奈さんとキスしたんじゃない 朝比奈さんにキスされたんだ 「ハルヒ、悪いが、罰ゲームは別のにしてくれ」 何で俺がこんなことを言ったかって? すぐにわかるさ 「…え?」 ハルヒの顔に浮かんでいた焦燥が悲哀に変わる かまわず俺は続ける 「俺は今からハルヒにキスをする、それは俺がハルヒにキスしたいからであって罰ゲームだから仕方なく、ではないんだ」 言いながらハルヒの濡れた髪を撫でる それを聞いたハルヒは滴る雫など吹き飛ばすような太陽の笑顔になった 「キョン、そこまで言ったからには生半可なキスじゃ許せないわよ」 俺は真っすぐ俺を見据えるハルヒの瞳に吸い込まれそうだった、いや吸い込まれていた 次の瞬間には俺の口唇はハルヒの口唇と重なり合っていた お互いの存在を確かめ合うような永い、深いキス 閉鎖空間を入れると2回目だが、お互いの気持ちが重なり合い、お互いの口唇を重ね合う、現実世界でのファーストキスだ 雨の中のキスなんてドラマティックこの上ない そんな自分とハルヒに酔い痴れながらそっと口唇を離した ハルヒはものたりなさそうな顔で、それでいて恥ずかしそうな顔をしていた 正直な話、俺も少し物足りないのだが、今は優先すべき事柄がある 「ハルヒ、部室に戻ろう」 そうなのだ、なんだかんだいろんなものを投げっぱなしにしてハルヒを追い掛けたからいつまでもここにいるわけにはいかない ハルヒは不満そうな顔をしていたが、俺が手を差し出すとそれを握り黙ってついてきた 部室への道程は二人とも無言だった だが居心地の悪さは感じない お互いがお互いの存在を確かめるための無言なのだ 幸せいっぱいの俺たちだったが、ハルヒのまわりを彩る‘不思議’の固まり達が、そしてハルヒ自身が平穏な幸せを提供してくれるとは思えない やれやれ、これ以上の厄介はさすがに勘弁だが、ハルヒとなら乗り越えられる気がするな
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/5843.html
さすがのハルヒもめまぐるしい出来事に疲れを見せていたが 俺にはもう1つだけやる事があった 通りがかったタクシーを呼び止め、鶴屋さんの家に向かった 車の中で初めて知ったのだが、もう夜の11時を回っていた ハルヒがうとうとしかけた頃、タクシーは鶴屋邸の前に止まった 俺は代金を払ってハルヒを車から降ろし、悪代官の象徴のような玄関に立った チャイムを鳴らしてしばらく待つと、着物姿の鶴屋さんが出てくれた 「やっほーハルにゃんにキョンくん、ずいぶん遅かったにょろね」 はい、遅くなってしまいました これ何とか見つけましたのでお返しします 俺はハルヒが握っていたオーパーツを鶴屋さんに返した 「ほーっ、探してくれたんだーありがとうねキョンくんっ!」 いえあの、探してたって言うか偶然見つかったって言うか 「まあいいさっ!無事に見つかったんだし、これで一件落着だねっ」 あの鶴屋さん 「なんだい?」 このオーパーツですが、その・・・本当の持ち主が見つかったって言うか どう説明すりゃいいんだろ 鶴屋さんの理解力に賭けるしかないか 「いいさっ、こんなのうっとこに置いといても何の意味もないしね ちゃんと使い道の分かってる人が使ってくれた方がいいからさっ でもこのまま預かっててもいいのかな?」 はいもちろんです そのうち本当の持ち主が取りに来ると思いますから 「委細承知っ!さっ早く上がりなよ!」 いやもう遅いですから、ハルヒも眠そうだし 「おんやーハルにゃん?何だか世界を救ってきたみたいな顔してるねー いい顔だよっ!キョンくんも」 「え?あ、ああ・・・そうね」 「いいから気にせず泊まっていきなよ!部屋も布団もあるし」 本当にいいんですか? 「もっちろんだよっ、ただし部屋は別々なのさ!まだ高校生だからねっ!」 俺も疲れ果てて朦朧としていたので、考える暇もなく鶴屋さんに部屋に案内された 「キョンくんはこっちでハルにゃんはその隣、すぐに布団敷くから それからお風呂は男女別で後で夜食持ってくるからねっ でもその前にちゃんと家に電話しなさいっ あたしは自分の部屋にいるからさ、何かあったら内線の2番に電話するがいいにょろ」 部屋に通された俺はとりあえず家に電話をかけた 突然の俺の外泊に母は怒り狂い、妹は電話の向こうで誰と一緒なのかを必死で叫んでいる 俺は正直に鶴屋邸に泊まる事を申告した すると突然母の態度が変わり、丁寧な口調に変わった ちゃんと敬語で話しなさいとか鶴屋さんに迷惑かけないようにとか やはり鶴屋さん、さすがと言うか何と言うのか いったいどれほどの悪事を働けばこんな名士になれるのか 電話を切ってから風呂に入り、戻るともう布団が敷かれていた ボロ雑巾のようにぐったりと眠りこもうとすると、部屋の襖が開いた 「ちょっとキョン、こっちに夜食が届いてるわよ」 ハルヒの部屋に呼ばれて入り、おにぎりと漬物の軽食をいただいた 風呂上がりのハルヒは鶴屋家の浴衣に着替えており ほんのりピンクに上気したほっぺたが以外とかわいい 2人とも疲れきっているのでほとんど会話もなく、食い終わった俺はおやすみを言って立ち上がった するといきなり浴衣の帯を引っ張られた ハルヒの馬鹿力に引き倒され、俺は布団に崩れ落ちた 何するんだよハルヒ 「・・・・・・」 布団の上に転がされた俺をハルヒの目がじっと見下ろしている それは、俺が初めて見る優しい目だった 「キョン」 ハルヒ・・・・・・ 「・・・・・・しょに・・・て」 はい? 「いっしょに・・・て」 はぁ? 「もう!バカキョン!」 ハルヒは俺の頭に腕を巻きつけ、ヘッドロックで締め上げてくる これだけ疲れてるのにまだ暴れたいのかこのアホゥは 素早くハルヒを振りほどいて抜け出す 身構えているとハルヒがまた優しい目に変わった 小さい頃の母を思い出すような優しい目を俺は見つめ ハルヒが言いたい事をすぐに理解した ハルヒ・・・ 「キョン・・・」 結局用意された俺の布団は使われずしまいだった 翌朝になって飛び込んできた鶴屋さんはすぐに状況を察知して 「うんうん・・・・それでいい、それでいいのさ。世界平和が一番だよっ」 と悟りを開いた僧侶のようにありもしない顎鬚をなで ニコニコしながら朝食を用意してくれた 白いご飯に豆腐の味噌汁、アジの干物にだし巻き、海苔と梅干という 素晴らしきかな和風の朝食を平らげた俺とハルヒは、鶴屋家差し回しの車でそれぞれの自宅に送ってもらった ハルヒは朝からほとんど口を利かかなった ありがたい事に昨日は金曜日、つまり今日と明日は休みだ 俺はこの2日間は全力で眠ることにした さっそくのように妹が昨夜の俺の行動について詳細な報告を求めてくるが 悪いが妹よ、お前が大人になるまでは倫理上話す事はできない すでに妹と変わらないぐらいに大きく成長したシャミセンを抱かせ、俺は部屋のドアを閉めた 階下では母親が大騒ぎしながら鶴屋家に出すお礼状の書体について頭を悩ませている まだ朝の時間帯だし、体は疲れているのに眠気は訪れない 俺は昨日の事をぼんやりと考えていた あの誘拐未遂事件から始まって、空から降ってきたハルヒを助け あの異世界で古泉と朝比奈さんのすさまじい戦いをこの目で見た 復活した長門の超高速攻撃を目の当たりにし、最後に長門の涙も見た そして鶴屋家でのハルヒとの一夜 目を閉じたハルヒの美しい顔 無防備な姿で俺の全てを受け入れてくれたハルヒ 俺の背中にしがみついて爪を立てたハルヒ くそっ なぜここで長門の涙が浮かんでくるんだ あの時長門は二度、涙を見せた 初めはハルヒに頬を叩かれた時 そして二度目は長門の部屋でだ 長門・・・・・・ お前の涙は この俺に向けたものなのか? 肉体再生にエラーが頻発すると言ったのは、俺がハルヒとこうなってしまったからなのか? だとすると長門・・・ もしかしたらお前はやっぱり 俺の事を? ・・・・・・・・・・・・ 「キョンくーん!ごはんだよー!ごっはん!ごっはん!」 うるさい妹に飛び乗られて目が覚めた まさしく世界で一番悪い目覚めだ もし長門ならどんな起こし方をしてくれるだろうか ハルヒだったら・・・・・・いややめておこう 結局土日をずっと眠ったままで過ごした 飯を食う時とトイレ以外、俺はほとんど布団を離れなかった そして日曜の深夜になり、突然携帯が鳴りだした 「やあどうも古泉です ちょっと今から出られませんか?」 俺は深夜の街を自転車で飛ばしていた 古泉からの電話はそう複雑な用件ではなかった 「いろいろ整理するためにお話ししましょう」 ずっと寝ていたので眠気もほとんどなく、あいつらから話も聞きたかったし、朝比奈さんにも会いたかった そしてもちろん、長門の様子も気になっていた いつもの公園、SOS団御用達の変人の集合場所についた すでに古泉と長門が待っていた 長門の傷はもう回復したのか、いつもの水色のセーラー服がなぜか哀愁を感じる 「どうも、お呼び立ていたしまして」 相変わらずニヒルな古泉のスマイルだが、あの時のすさまじい戦闘を目の当たりにしているだけにやけに頼もしく感じてしまうのはなぜだろう? 「お疲れは取れましたか?」 ああおかげさんでな。ずっと寝てたから目が冴えてきたんでちょうど良かった 「実は僕もなんですよ。涼宮さんに帰れと言われてから、ずっと気にはなっていたのですが さすがにもう起き上がる体力はありませんでした ベッドにひっくり返って、さっきまで眠っていました」 お前もすごい活躍だったな。かなり見直したぞ 「それはどうも。まさかあなたからお褒めの言葉をいただけるとはね、恐縮です」 ふん 長門はもういいのか?傷の具合は 「……」 長門はいつものようにゆるゆると首を持ち上げ、またゆるゆると元の状態に戻った この当たり前の反応がとても嬉しくもあり、そして悲しくもある ん?朝比奈さんは? 「朝比奈さんも無事です。さっき電話で確認しました ただちょっと混乱しておられるようなので、この場はご遠慮いただきました」 そうか、無事なら何も言うことはない 「前半戦でもっとも活躍したのは朝比奈さんですからね 彼女には本当に助けられました」 本当か古泉? 「ええ 序盤は防戦一方でしたからね。朝比奈さんの力がなければ僕一人で防ぎきれたかどうか」 どんな風だったんだ? 「まあ初めからゆっくりおさらいしましょう 今回は初めて、SOS団が分断された状態で始まった出来事でしたから あなたと涼宮さんが2人の時の状況と、残された我々の様子を確認していきたいんですよ」 長門がピクリと体を震わせた 相変わらず理論派だなお前は まあいいか俺も知りたい事がたくさんあるしな それから長いお互いの話をした 俺は鶴屋邸に行ってからの話をし、古泉からは長門のマンションから始まる長い話を聞いた 時折り長門に話が振られ、その都度長門は首だけを動かして有音無音の返答をした 「まさか戦う前から分断工作が始まっていたとは思いませんでしたね あなたが単独行動した時点で気付くべきでした 森さんたちがよく反応してくれたものだと思います」 そうだ 森さんの具合はどうなんだ? 「大丈夫ですよ。少々の打撲と転んだ時の擦り傷、そして着弾のショックで肋骨にヒビが入った程度です。彼女は一応独身女性ですから、お嫁に行けなくなるような最悪の事態は免れたと思います」 お前、自分の上司にそんな言い方してもいいのか? 「まあいいでしょう。今回僕はかなり株を上げましたからね 僕がもたらせた情報は今後の大いに参考になると思います」 そう言って古泉は俺の耳元に口を寄せてきた 「実はあの夜、森さんも鶴屋邸に泊まっていました。ひと晩安静にするために。これは秘密にしておきますが」 うへっ って事は 俺とハルヒの一夜が機関には筒抜けになっているのか? 「機関はこれをいい傾向だと考えています と言うよりも機関の全員がとても喜んでいるのですよ」 古泉はそこでチラリと長門を見た 「一部の人たちを除いて、ね」 それ以上言うな古泉 お前を殺さなくてはいけなくなる 「分かりました」 それはいいから、今回の総括をしてくれ 古泉はおもむろに前髪をさらりとかき上げ 「では最初から行きましょう 事件の発端はあの転校生とオーパーツです オーパーツには不思議な力があるようです 何かのエネルギーを貯め込む機能のようなものです 電気エネルギーとか核エネルギーなどというものではなく 目に見えない何かのエネルギーです」 「生体エネルギー…に近いもの。でも少し異なる」 「生体エネルギーですか?」 「そう。言語では概念を説明できない また統合情報思念体にも説明できない不可思議なもの」 「例えて言うと、怒りとかそんなものですか?」 「可能性はある」 なんて物騒なエネルギーだよそれは ハルヒの所にに来なくて本当に良かったな 「なるほどね とにかくそれが鶴屋山に埋まっていました はたして本当に3百年前のものなのか、それは分かりませんが それにあの新入生が引き寄せられてきたのです」 「あの女子は、新入生ではない」 「新入生ではない?」 「そう。彼女は私たちだけにしか見えない存在」 「私たちと言うと?」 「涼宮ハルヒ以下、SOS団のメンバー、及び佐々木率いるチームSOS」 おい長門、その名前はやめようぜ あいつらにSOSの名前はふさわしくない 「……そう」 「まあとにかく、あの新入生がオーパーツを使って、自分の世界の再生に利用しようとしたようです ところがなぜか彼女はSOS団ではなく、佐々木さんの方に話を持ちかけたようです 向こうでどんな話になったのかは分かりませんが、乗り気になったのは周防さんのようですね」 周防ね あの壊れた小さいダンプカーか 「ええ。考えてみればその時からすでに彼女の暴走は始まっていたのかもしれませんね。自ら進んで戦いのエネルギーを放出しようだなんて。これがSOS団に来ていたら、涼宮さんが絶対に阻止していたことでしょうけど」 古泉、お前本気でそう思うのか? 「当然ですよ。まさかあなたからそんな質問が来るとは思えません あなたは涼宮さんがオーパーツを手にしたら、ここぞとばかりに大激怒エネルギーを異世界中にまき散らすとでもお思いですか?」 …… 「とてもあなたとは思えない発言ですね。悲しい事です 涼宮さんを一番よく知るあなたが、冗談でもそんな事を仰るとはね」 分かった分かった そんなに本気で怒るなよ古泉 訂正いたします 「失礼しました。別に本気で怒るつもりもありません オーパーツが先に向こうの手に渡ってしまったことが大きかったですね それと結果論ですが、あなたが鶴屋邸に行く事もなかったのではないかと」 ああ あれは軽率でした 「橘京子の組織はそこまで予想していたのでしょうね オーパーツが紛失すれば鶴屋さんはまずあなたに連絡をとる 責任感の強いあなたは絶対に鶴屋邸に来る 長門さんが動けない状況であなたも閉じ込めてしまえば、戦わずしてもう負けが決まっているようなものです ここはただひたすら、森さんの機転に感謝すべきです」 確かにそれは言えるな まさか銃まで出てくるとは 「銃はあくまで脅しのつもりだったのでしょう あの住宅街で発砲すればそれこそ大騒ぎです 鶴屋家まで巻き込むことになってしまいますから それは重大な規則違反ですからね」 おい古泉 鶴屋さんは橘京子の組織にも絡んでるのか? 「そこは限りなくグレーゾーンです。我々にもはっきりしたことは分からないのです。ただ、鶴屋さんの様子を見る限りはその可能性は高いですね」 俺はひそかに鶴屋さんとの会話を思い出していた 鶴屋さんは面白ければそれでいいと言っていた どっちの味方をするわけでもなく、ただ面白い事をしている人間に金を出して傍観する、そんなのが楽しいんだよとか言ってたっけ 罪な事をしますね、鶴屋さんも 「結局鶴屋家も巻き込む騒動になってしまったのですけどね 怪我の功名というか、事件の後始末は極めてスムーズでした 鶴屋家からも相当な圧力がかかったのでしょう 暴力団同士の小規模な縄張り争いということで、マスコミにもほとんど漏れていません そうしてあなたが脱出していた頃、長門さんのマンションに佐々木さんたちが乗り込んで来ました 藤原氏の時間操作なのか、周防さんの能力か、世界一セキュリティの高い長門さん宅に無断侵入してくるとはね まだその時点では僕もそう焦ってはいませんでした 長門さんが寝ていても、そしてあなたがいなくても こちらにはまだ涼宮さんがいます 涼宮さんがいる限り、本当のピンチにはならないと確信していましたから ですから涼宮さんがどこかに飛ばされたのには心底驚きましたよ しかも我々も異世界に移動している 眠っている長門さんと、慌てる朝比奈さんをどうしようか、かなり焦りましたね」 まさに分断工作だな 実にややこしい事をしてくれたもんだ 「ええ あなたから話を聞くまでは、どうしてこうも複雑な過程なのかと頭を悩ませました 序盤は全く厳しい戦いでした 朝比奈さんは泣きそうになっているし、長門さんは起きないし 正直僕一人でどこまで防げるのか、全く自信がありませんでした」 「……ひたすら申し訳ない」 「長門さんを責めるつもりはありませんよ 予想しても防げるものではありませんから まさかこれほど複雑な作戦になっているとは 誰も予想できませんでしたからね」 おいちょっと待て古泉 だからと言って何で戦闘になったんだ? ハルヒも言ってただろう? クールなお前が率先して戦い出すなんて 俺にも信じられないぞ 「これは言い訳にまってしまいますが、どうしようもありませんでした 問答無用で周防九曜が攻撃を仕掛けてきたからです 朝比奈さんの裏技がなかったら、朝倉涼子の登場まで持ちこたえられたかどうか」 その朝比奈さんの裏技も解説してくれ 「あの異世界に呼び寄せられてから、僕の能力が発揮できるようになりました つまりあそこも閉鎖空間に近いものがあったのでしょう 朝比奈さんも同様です TPDDの使用制限が解除され、彼女は自由に行動できるようになりました あなたはきっと喜ぶと思いますが、朝比奈さんの活躍は素晴らしいものでした 周防九曜の攻撃が当たる寸前に時間移動を発動して、光線が通過した後にまた元に戻します。それを1秒間に何度も繰り返すのですから、もう奇跡としか思えませんね。藤原氏が漏らしていたのですが、TPDDをあのような戦闘に使用したのはおそらく朝比奈さんが世界で初めてではないかと かくいう僕も何度も時間移動しました 160回目ぐらいまでは数えていたのですが、それからはもう」 お前も余裕があるというのか暇だというのか、ご丁寧なヤツだ 「それを朝比奈さんは長門さんにも自分自身にも発動していたのですから おそらくあの時間だけで千回以上は繰り返していたのではないかと」 俺は朝比奈さんが活躍するシーンを思い浮かべてニヤついていた 「ふぇっ!」とか「わたたっ!」とか叫びながら、必死でこいつらを守っていたのか SOS団専属、いや俺専用の癒しマスコットがそんな活躍をしていたとは 「顔が蒸しすぎた蒸しパンみたいになってますよ」 古泉に言われて慌てて顔を引き締める 何だかこいつもハルヒ流の比喩が使えるようになってきたな 気のせいか、長門の視線までもが冷たく感じるのはなぜだ ん?ちょっと待てよ古泉 朝比奈さんは最後に7億年前に遡ってきたと言わなかったか? 確か4年前より昔には行けないって言ってなかったか? 「僕はそんなものは初めから信用いてはいませんよ 誰が朝比奈みくるの仮説を証明できますか?」 そうか、お前らは一応敵同士でもあるんだな 「別に敵というわけではありませんよ。ただその件に関しては意見を異にしているというだけで 彼女は最初からもっと過去に遡行できたのかもしれませんし、涼宮さんの力が働いたのかもしれません それに出発したのがあの異世界ですから、もしかしたら次元断層を通らずに遡行できたのかもしれません」 ふん、どうとでも都合よく解釈できるってわけか。まさにハルヒさまさまだな 「その件に関しては同行した藤原氏も認めているのですから 間違いなく7億年前に行ったのだと解釈してよろしいんじゃないでしょうか」 まあいいけど、ちゃんと戻って来れたんだからな 「では話を元に戻しましょう その頃あなたは涼宮さんと合流した これが敵の最初の大誤算でしたね」 ああびっくりしたよ全く ハルヒが空から降ってきたんだからな 「あなたを戦闘圏外に拉致し、涼宮さんをあの場から放り出せば向こうは一気に有利になります。まさに森さんに感謝すべきですね」 はいはい くれぐれも森さんや新川さん、多丸兄弟によろしく 「そこでついにジョン・スミス発動ですね」 いや本当はもう少し先延ばしにしたかったんだけどな 佐々木まで出てきたんで仕方がなかった ハルヒにはできないとか脳なしだとか言われて さすがのハルヒが凹んじまったからな 元気を出させるために仕方なくそうした 「すんなり言えたのですか?涼宮さんはすぐに納得したのですか?」 そこはちょっと禁則にしてくれ古泉 いろいろあったからな 突然物が言えなくなったりした 「したんですか?あの時のあれを?」 古泉、頼む 今は言いたくない 「長門さんの前では、でしょう?」 ……禁則だ 「分かりました。それは置いておきましょう 朝倉涼子を呼び出したのは涼宮さんですね?」 それは間違いないと思う 朝倉が自分でそう言ったんだろう? 「ええ、確かに彼女がそう言いました あの時まだ長門さんは封印されていました そして涼宮さんは、朝倉さんとあなたの間にあった事は知らないはずです かくいう僕や朝比奈さんも、朝倉涼子の事はほとんど知りませんからね 涼宮さんはなぜ朝倉さんを呼び出せたのでしょうか?」 おい古泉 お前の誘導尋問にはほとほと飽きた いいからさっさと続けろ 「つまり涼宮さんはあなたの思考を読み取ったのだと思いますよ 手の届かない異世界で、情報統合御思念体すら存在しない世界で 長門さんが動けない状態で周防九曜と互角に戦える存在 あなたの潜在意識のどこかに朝倉涼子の存在を感じたのでしょう 涼宮さんは絶体絶命のピンチの時にあなたを頼っていたのです まさに僕の分析通りでしょう?」」 俺は無意識に古泉の胸ぐらを掴んでいた やめろ古泉 ここでその話をするな 少なくとも、長門の前ではやめろ 「本当にそれでいいのですか?」 古泉が俺の手首を掴んでいた 振りほどこうとしたが無理だった 古泉は盤石の力で、俺を押さえていた 「あなたは少し、自分中心に物事を考え過ぎです それでは悪い状態の時の涼宮さんと同じではないのですか? 全ての人間が、全ての女性が自分を中心に行動しているとでも?」 初めて見る古泉の剣幕に、俺はちょっとひるんでしまった 古泉の目は本気だった ケンカならいつでも受けて立ちますよ そう訴えかける古泉に無謀にも戦いを挑むほど、俺の戦闘経験値は高くはない いや、人生円満が信条だった俺にケンカの経験などあるはずがない 俺が手を放すと、古泉はニヤリと微笑して胸元を整えた 「まあいいでしょう。話を続けます 朝倉涼子の出現で再び戦局が変わりました 実はこの時もかなりのピンチでした 朝比奈さんの裏技を藤原氏が察知してからはね 彼は先を読んで時間移動し、朝比奈さんを混乱させました 藤原氏と周防九曜の間にコミュニケーションがとれていれば、かなりの難敵だったでしょう。つまり、あらかじめ攻撃する相手を決めてから藤原氏が時間移動させる。そして元に戻った直後、朝比奈さんが反応する前に攻撃をかけたら、こっちはお手上げです。守ろうにも相手がいないのですから 僕の能力もあの世界ではかなりパワーアップしていました 周防さんの矢が何本か刺さりましたが、不思議とダメージはありませんでした 朝比奈さんにも何度か命中したように見えたのですが、不思議ですね。彼女が傷ついていたようには思えませんでしかたら」 それはあれだよ古泉くん 朝比奈さんのあの癒しオーラはどんな攻撃も受け付けないって事だ 「ほらまた 長門さんに言いつけますよ」 ぐっ すまん古泉 長門がむっくりと首をもたげ、宙の一点を見つめていた 「朝倉涼子は長門さんを守りながら攻撃もしていました 1年前のあなたの気持が少し分かったような気がしますね 同じTFEI端末でも長門さんとはまるで違っていました やはり彼女は戦う事を楽しんでいるようにも見えましたから 今回の敵でなくて良かったと思いますよ しかし敵もさるものです 周防九曜は第2形態に移行しました それまでは指先から小さな光線を放つだけだったのですが ここに来て髪の毛で槍を作るという攻撃に切り替えてきました その槍が何本も同時に飛んでくるのですから 朝倉涼子の登場で数の上では同等になりましたが、それでも攻勢に転じることはできませんでした 僕は橘京子の相手に精一杯で、朝比奈さんは相変わらず朝比奈さんでした その時あなたは何をしていたのですか?」 ああその頃はたぶん パズルを解いてた 「パズル?」 パズルっていうかクイズだな 算数クイズ そうそう長門さん 俺に問題出す時はこれからは文系問題でお願いしたいのだが おかげで俺はハルヒに説教される始末だったんだぞ 相変わらず宙の一点を見つめていた長門は、UFOキャッチャーのクレーンのようにゆっくりと首を回転させ、ゆっくりと視線を上げた 「……検討する」 「それはもしかして、長門さんが作った鍵だったのですか?」 そうだろ長門? お前が残してくれた抜け道なんだよな 「そう。あなたの知能に合わせてレベルを考慮したつもり」 やれやれ それはどうも痛み入ります ハルヒはすぐに分かって嬉しそうにしてたけどな 俺がなかなか分からないからイライラしてた 何度も頭ペチペチ叩かれて、まだ分からないのかこのバカってな 「こちらが大変な時に、仲むつまじくて結構ですね」 すまん古泉 言い訳のしようがない 「問題を教えてもらえませんか?」 額縁の枠に数字がずらずら書いてあった その数字を読んで、額縁を正しい向きに直すって問題だ 俺は一応あの問題は自力で解けたので、胸を張って古泉に報告した 「それだけですか?」 ああそうだよ古泉くん 「そんな簡単な問題ですか?」 えっ? 「それは小学校低学年レベルでしょう 誰だって3141529の数字を見ればすぐに理解しますよ」 そっそうか? 俺は長門の顔を見た 思いついた時ぐらいしか瞬きをしない長門の目が、俺を蔑んでるような気がした 「………」 まあいいや古泉 話を続けよう 「はいはい 我々は防戦一方でした あなたと涼宮さんが時空の壁を越えてきた事にも気付きませんでした いつあの世界にきたのですか?」 たぶんそれぐらいの時だと思うぞ 俺たちが行った時はもう朝倉がいた お前は赤い光になっていて、朝比奈さんはチカチカ点滅していた 「それは、激しすぎるタイムトラベルのせいでそう見えたのでしょう」 長門はまだ寝ていた 「……」 ハルヒが突入しようとしてバリヤーに体当たりして鼻を思いっきり打った それで手でこじ開けようとしてる時にまた佐々木が現れた 「手で開けたんですか?」 ああハルヒのバカ力だ 封印されてた長門のマンションのバリヤーもハルヒが手でこじ開けた 「実に涼宮さんらしい問題の解決方法ですね」 だけどあっちのバリヤーはそうはいかなかった 佐々木はハルヒに変な霧みたいなのを吹きかけて、ハルヒを無力にさせた 「佐々木さんにそんな能力があったのですか?」 それを俺に聞くな古泉 こっちが聞きたいぐらいなんだからな 「最初に飛び込んできたのはあなた1人でしたね どうやって入ってきたのですか?」 えっと…確か…… 閉じ込められたハルヒがふにゃふにゃ言い出してどうしようもなかったから とりあえず俺が突入した 「全然説明になってませんね。また何かあったのでしょう?」 やれやれ全く 霧みたいなのに包まれて動けなくなったハルヒは、自分の力の無さに悲しんでいた。今まで何も気付かずにごめんとか、助けに行けなくてごめんねとか ぶつぶつ言ってたから俺が突っ込んだ 「もう少し詳しくお願いします」 うるさいな古泉 「僕の詮索好きはとうにご存じのはずです 話せる範囲で構いませんから、お願いします」 ハルヒがそう言って泣き出したんだよ 長門の事も、朝比奈さんの事も、そして古泉、お前たちを助けに行けなくてごめんって、そう言って涙を流していた 「涼宮さんがですか?僕たちのためにそこまで?」 ああそうだよ 鶴屋さんにも森さんにも言われた ハルヒはああ見えてもそんな女なんだ 自分で全ての責任引っかぶってメソメソ泣いてる あんなハルヒは正直見たくなかったね 「そうだったんですか…涼宮さんが…」 古泉はそうつぶやいてそっと目頭を押さえた 塑像のように動かなかった長門すら、前髪を直すふりをして目元に手を当てた 「それであなたは逆上してしまったんですね」 逆上とか言うな古泉 「その先は十分すぎるほど想像できますね めったに見れない涼宮さんの涙を見たあなたは逆上して、佐々木さんに襲いかかった。しかしあっさりとかわされて勢い余ってこちらに突入した」 くっ 言いたくないけどその通りだ 「それだけで通り抜けられるほど弱いバリアーだったとも思えませんけどね 涼宮さんにはできなくてあなたにはできた それももしかすると涼宮さんの力かもしれませんね 自分はできないけど、あなたにならできる。そんな涼宮さんの思いがあなたにバリヤーを通過させた」 ふん 何でも適当に言ってくれ 「後は僕たちも見た世界ですから、飛ばして行きましょう 突入してきたあなたにすぐに周防九曜が反応した 襲いかかる槍にあなたは対処できない」 ああ 悪い事をしちまったぜ まさかあそこで朝倉に助けられるとは思わなかったよ 「朝倉涼子と何か話はしましたか?」 えっと、ごめんねとか、自分の事を悪い思い出にしないでほしいとか言ってた 「あなたはそれを許したのですか?」 許すも許さないも、もう1年も前の話だ それに俺の命を救ってくれたのだから、もうそれでいいだろう 「長門さん?」 「…?」 「朝倉さんとは今も連絡は取れるのですか?」 「……取れていない。あれ以来」 「あれ以来と言うのは1年前からと言うことですか?」 「違う。金曜日の夜以来」 「ほう…これは非常に興味深い」 何が興味深いんだよ古泉 また何かたくらんでるのか? 「いえ、そんな事はありませんよ」 その時突然、ぼんやりした目を宙にさまよわせていた長門が バネ仕掛けのおもちゃのように急に俺に視線を向けた 「……忘れないで」 ああもちろんだとも長門 あいつに助けてもらった恩はずっと忘れない そして・・・お前に助けてもらった事も 「違う。そういう意味ではない」 え? じゃあどういう意味だ長門? 「それは……禁則事項です」 長門が実に珍しく、ボディアクションまでした まさに朝比奈さんの真似をするような動きで、軽く自分の唇に触れ、そして不器用に片目をつぶった 長門?それはいったい? 「いずれ分かる」 古泉がコホンと空咳をした 「さ、さて、話を続けましょうか。そろそろ終盤です 朝倉涼子は消滅しましたが、あなたは無事です オーパーツを持ったあなたに再び周防さんの槍が襲いかかります そして…」 「……」 そこで長門が背筋をピンと伸ばした 胸を張るように、その薄い胸板を突き出している 「……お待たせして申し訳なかった」 「不謹慎ですが、団長がいないので思い切って告白します 長門さんが眠りから覚めた時点で、我々は勝ったと思いましたね。僕らしくない事ですが まだあの時は涼宮さんは登場していませんでしたが、明らかに涼宮さんの力の影響は感じていました。すぐ近くまで来ているのだと確信しました ここからは攻勢だと思ったら、長門さんはバリヤーを強引に突き破って涼宮さんをこちらに引きずり込みました。まさに涼宮さん流です 長門さん?」 「…?」 「眠っていた時の記憶はありますか?」 「ほとんどない」 「少しは?」 「ある」 「目覚めた時に何かを感じましたか?」 「いろいろ」 「それはもしかして、怒りという感情だったのではないですか? 長い時間眠らされていた相手に対する怒りとか?」 「……」 おい古泉 もうやめてやれ 長門の感情を操作しようとするな とにかく目覚めてくれて、助けてくれたんだからそれでいいじゃないか 「もちろんですよ 長門さん、失礼な発言をしてしまいました。お詫びします ただあの強引な涼宮さんの引っ張り方がちょっと不思議だったもので」 「…別にいい」 「これでついにSOS団全員が登場したというわけです それまでは実に厳しい戦いでした モンスターからの先制攻撃でいきなりマホトーンとバシルーラを同時にかけられたようなものですからね」 その例えは実にナイスだぜ古泉 ついでに甘い息と馬車の扉閉めと しかもパーティーに残ったのは盗賊と遊び人だけだ。いやせめて踊り子にしておこうか 「まあいいじゃないですか それにしても最後の涼宮さんの行動には意表を突かれましたね まさか叩かれるとは思いませんでした あなたは涼宮さんが力を自覚して、最初に何をすると思いましたか?」 そうだよそれそれ まさかハルヒが全員を叩くとはな 俺なんか2回もグーで殴られたぞ ハルヒが登場した時、あいつは間違いなく怒りのオーラに満ち溢れていた 俺が今まで見たことないぐらい、怒髪天を衝くってやつだったからな それがいきなり『やめなさい』だったからな 「ええ 僕も一番それを恐れていました その時はもうあなたがジョン・スミスをもう発動していると思っていましたので 開口一番世界を作り直すのではないかと、まさかそこまではしないとも思いましたが あんな結末になるとはね」 ああ あの時は確かに思った さすがは俺たちのSOS団団長だってな 「全くその通りですね 団長の面目躍如です 結局周防九曜と朝倉涼子は除いて、誰1人欠けることなく全員が戻って来れたのですから」 あの新入生もな 「…あの子は帰ってくる」 そうか、そう言ってたな長門 「……」 その時の長門の沈黙の理由は、後で知ることになるのだが それはまた別の話 「長門さん?」 「…?」 「周防九曜の事についてもう少し説明していただけませんか?」 「周防九曜は限りなく異質な存在。我々にも理解できない 天蓋領域がなぜあのようなインターフェイスを送ってきたのかさえ不明 ただし、周防九曜には致命的なエラーがあった」 「エラーですか?」 「そう。周防九曜と天蓋領域の間には永続的な接触手段が存在していない 私や朝倉涼子は常に情報統合思念体と接続している 何らかのアクシデントで仮に接続が断たれた場合のみ 私たちは自分の判断で行動する。でもこれは極めて例外 可及的速やかに情報統合思念体との再コンタクトが要求される でも周防九曜は別 初めに存在条件だけを入力された周防九曜は 全て自分の判断で行動していたものと思われる その間に蓄積された知的経験値やエラーの概要などは天蓋領域には全く伝わっておらず 分析もできなければ修正を施す事もできない 周防九曜はそうして暴走を始めたものと思われる」 すまん長門 覚悟はしていたんだけどやっぱり理解できん 「つまり言いかえるとこういうことですね 現代のGPSと昔の慣性航法の違いのようなものですね?」 おい古泉 お前分かって言ってんのか? 「あなた用に分かりやすく言い換えてるんですよ こういう事です 現在の航空機や船舶その他の交通機関はほとんど全てGPSを使用しています この地球上で自分の位置を知るために衛星からの信号を受信します その位置情報は常に更新されており、誰でも最新の現在位置を知ることができます それが発明されるまではどのような仕組みだったかご存知ですか?」 ああそれは 確か星を見て角度を測って 「それは天測航法ですよ いつの時代の話をしているのですか? それまではジャイロ原理を利用した慣性航法を使用していました 出発前に現在位置を掌握してその情報を入力し、後は移動するたびにジャイロが加速度を検出して現在位置を予想していきます しかしこれはあくまで予想ですから、実際の現在位置とはある程度のずれが出ます 陸上を移動する交通手段とは違って船や航空機ではそれは大きな問題になりました 目的地と実際に到着する場所が数百kmも離れていたなんて、初期の頃にはしょっちゅうあった出来事です つまり周防九曜にインプットされた情報は最初に入力されていたもののみで、長門さんや朝倉さんのように常時アップデートができない環境に置かれていた彼女は、実際のデータと照合してくれる対象がなく、その結果エラーを誘発してしまい、当初の目的の行動にたどり着けなくなってしまったと、こんな感じですか?」 「…かなり近い…補足説明に感謝する」 このあたりで気付くべきだったのかもしれない 俺に対する長門の反応と古泉に対するものが 若干の変化の兆しを見せ始めている事に 「となると天蓋領域もそのままで終わるとは思えませんね長門さん 今回の失敗で学習して、次からはアップデート可能なインターフェイスを用意してくるとか」 「可能性はある」 「対処はできますか?」 「できる。必ずする」 長門 もうちょっと教えてくれ 周防九曜とあの新入生はどうなったんだ? ついでに朝倉涼子も それからあの世界はいったい何だったんだ? 「あの異世界はこちらからは観測不能。実際に存在するものなのかも確認できない 情報統合思念体も困惑している わたしからの誤情報ではないかと懸念している」 だけど朝倉も実際あそこにいたんだし 「あの異世界にいた朝倉涼子と情報統合思念体にいた朝倉涼子は別物 混同はできない」 でも俺を襲った記憶はちゃんと持っていたぞ 「それに関しては涼宮ハルヒの行動を解析するしか方法はない つまり不可能 朝倉涼子がどうなったのかは現在でも不明 この時間平面にも存在していない」 ということはハルヒに呼び出されるまでは存在していたのか? 情報統合思念体の中で? 「そう」 つまり故郷に帰ってたってことだな? 「そう……でもあなたの気分を害すると思ったので報告しなかった」 俺に気を使ってくれたのか 小さな頭がコクリとうなずく 「朝倉涼子は消滅してはいない。私はそう信じる」 またひょっこり情報統合思念体に帰ってくると 「…………」 長門の沈黙はいつもより長く続いた 俺は話題を変えた方がいいと思った じゃ、じゃああの新入生と周防九曜は? 「新入生はまだあの世界にいる。しかし彼女は困惑している 涼宮ハルヒはオーパーツを彼女に渡すべきだった しかし涼宮ハルヒがそれを持って帰ってきてしまったので 彼女は自分の世界を再生する事ができず また自力ではこの世界に来ることができない あの時の涼宮ハルヒの行動は全く意味不明 分かりやすく言うと、ただの新入生いじめ」 長門にしては分かりやすい比喩表現だが ということは向こうで周防と一緒に暮らしている可能性もあるっていう事か? 「その可能性はない。周防九曜は消滅した」 消滅? 「そう。暴走した周防九曜は非常に危険な存在。だから私が殺した」 長門さん、良い子も見てる可能性がありますから あまり暴力的な表現は自粛しましょうね 「私が息の根を止めた」 おい長門 「首をへし折って殺した」 …… 「いかなる高度な生命体でも、たとえ人工生命体であっても、情報の処理器官である脳との伝達器官を遮断されると生命維持機能は停止する。それはわたしも同じ。 周防九曜を生かしたまま、あの場所に放置するわけにはいかなかった だから首をへし折って息の根を止めた あの場所では天蓋領域が情報を回収することもできない よって、周防九曜は完全に消滅した」 俺はその時、長門がとてもダークな存在に見えた 古泉までもが口をパクパクさせている 長門・・・ お前もしかして…やっぱり怒ってたのか? 「……私にも……少しぐらいのプライドはある」 分かったぞ長門 何か言われたんだなあいつに 「………そう」 それは…やっぱり禁則なんだろうな 「その通り」 分かりました 長門が怒ったシーンは今までに何度か見たことはある しかし、普段面倒がって言葉にする事の少ない長門がこれほどまでに口汚く罵るとは、周防九曜はいったい何を言って長門をここまで怒らせたのだろうか いつか長門さんのご機嫌が最高にいい時があれば、後学のためにぜひご教授願いたいものだ かなり長い間話しているうちにもう空がうっすら明るくなっていた やばいなこれは せっかくたっぷり眠ったのにこれじゃまた寝不足だ 少しでも寝ておかないと 話も終わりが見えてきたので俺は立ち上がった じゃあな古泉 「ご苦労様でした 長々とお引き止めして申し訳ないです」 いいってことよ いろいろ聞けてよかった 「こちらこそ。涼宮さんがどれだけ僕たちの事を真剣に考えていて下さっていたのかが分かりましたから。ちょっと涙ぐんでしまいました」 それはよかった 長門・・・いろいろありがとう また命を助けてもらったな 「こちらこそ面倒をかけた」 えっと、その…… 済まなかった 「……さようなら」 長門… 「…わたしは大丈夫」 そうか じゃあまた明日、っていうか今日か また部室でな 俺は古泉と長門に別れを告げ、自転車にまたがった ひんやりした夜の空気が顔の前を流れて過ぎていく 自分の取った行動に後悔なんかはしていないけど 長門の寂しそうな表情をこれ以上見ていられなかった でももう一言だけ、言いたい言葉があった さようならの意味が知りたかった リンク名 その5に続く
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/2205.html
百物語というものをご存知だろうか。 一人ずつ怪談を話し蝋燭を消していき、100話目が終わった後に何かが…!!というあれである。 俺は今まさになぜか部室でハルヒと愉快な仲間たちとともにそれをしているわけだが、何故そのような状態 に至ったのかを説明するには今から数時間ほど遡らなければならない。 ______ 夏休み真っ盛りのその日、俺はそろそろ沈もうかという太陽の暑さを呪いながらニュースを見ていた。 東北の某都市ではいまごろ七夕祭りをするのだなあ、などといつかのことを思い出しながら今まさに瞼の 重量MAXに至らんとしたその時、携帯が盛大にダースベーダーの曲を奏でた。 ハルヒだ。 市販されているどのカフェイン飲料よりも効く恐怖の音色によって冴えた頭で出ようか出まいか一瞬迷った後、 恐る恐る携帯を手にした。 「あ、もしもし?キョン今暇?」 恐ろしく不躾な第一声、間違いなくハルヒである。 いーや、今まさに夏休みの課題に取り組もうと今年一番のやる気を出していたところだぜ。 マシンガンに対し襖の盾を構える様に、ささやかな抵抗を試みる。 「ちょうどいいわ、そんなのやめて駅前に集合!」 何が調度いいのだろう、などと問うのは風呂上りに鏡の前でポーズをとるよりも時間の無駄というもんだ。 相手はハルヒなのだから。 駅前に着くと、時をかける美少女こと朝比奈さんが小さく手を振って俺を迎えてくれた。 「あ、キョン君、こんばんは…!」 純白のワンピースに可愛らしいポーチ、なんという麗しのお姿、もしかしてあなた未来人じゃなくて 天使か何かなんじゃないですか? 「私突然呼ばれて…キョン君は何するか聞いていますか?」 あいつが突然じゃないことなんてないんですよ、朝比奈さん。 ついでに言うとあいつの頭の中に何か計画があるのかも怪しいもんだ。 「ヤッホー!」 話題の主が何故か胡散臭い笑顔と鉄仮面を引き連れてやってきた。 「いやあ、涼宮さんと長門さんと電車で一緒になったもので。」 お前には聞いてないけどな。夏休みの、しかもこんな暗くなるような時間から何しようってんだ、ハルヒ。 「うんうん、みんな行動が迅速でとても良いことだわ。SOS団の未来も明るいってものよ!」 聴いてないな。 「失礼ね、ちゃんと聴いてるわよ。これからみんなで百物語をやります!」 帰っていいか。 「夏といえば怖い話。怖い話といえば百物語。百物語といえば学校よ。そういうわけで今から部室に行って 納涼百物語大会を行います。」 朝比奈さんは既に怯える準備万端、古泉はいつもどおりのインチキ笑顔、長門は幽霊のように冷たい無表情でハルヒを見つめていた。 意外と長門は読書で得たネタがあるかもしれないなと考えそうになったが、つっこみ担当の脳内俺がそれを遮った。 ちょっと待て、こんな時間に学校に忍び込んだのが見付かれば、バニーガールの時よろしくまた何を言われるか… 「大丈夫、ちゃんと昼間のうちに部室の窓の鍵は開けておいたわ。窓から縄梯子を垂らして、蝋燭も用意しておいたから完璧よ。」 どこからそんなもんを調達…じゃない、つっこむべきはそこじゃない。 何が大丈夫なんだ、ハルヒ。こいつの思考がわかる奴がいたら「機関」とか言う変態組織から表彰されるかもな。 俺だったら、たとえ古泉に土下座されてもいらないが。 「いいんじゃないですか。怪談、僕は嫌いじゃありませんよ。幽霊というものにも少し興味があります。」 少しは躊躇しろ、このニヤケヅラ。 「ふぇ…幽霊…出るんですか、百物語ってなんなんですか…。」 今にも泣きそうな朝比奈さん。大丈夫です、あなたのことは俺が命に代えても守ります。 いつかのクラスメイトによる俺殺害未遂に比べれば幽霊なぞ。 「……」 メンバー中最も幽霊に近い存在のような気がする宇宙人製有機ヒューマノイドインターフェースは、 なにやら不気味な表紙の本を読むのに忙しいようだ。何読んでるんだ? 「……これ」 えーと、いながわじゅん…… !? やる気か、長門。 はあ、何も起きないでくれよ。もしものときは頼むぜ、長門。 ハルヒの場合、幽霊どころかヤマタノオロチを召喚するなんてことは十分あり得るからな…。 というわけで、俺たちは夜の学校に忍び込み、百物語に挑戦しているわけだ。 しかし、5人で100話、一人20話の割り当てだ。正直、俺はそんなに話すネタを持っていない。 どこかで聞いたような、しょうもないネタを披露するといった具合だ。 ある種のオカルトマニアのハルヒと、今まで読んだ本を積み上げると富士山すら凌駕するであろう長門は、 順番が来ると躊躇なく話し始める。長門の話はどちらかというと、都市伝説のような気がするのは、この際目を瞑ろう。 古泉は少し考えた後に無難な怪談を語っている。こいつのことだ、即興で考えた嘘話だろう。 朝比奈さんはというと、専ら悲鳴あげ係である。話せるネタもないようで、ハルヒか長門が代わりに話している。 何なんだこの2人は。 さて、そろそろ納涼百物語大会(命名:ハルヒ)も佳境である。 最後の100話目を俺が話そうとしたところ、ハルヒに権利を奪われた。 曰く、イベントのおいしい所は団長の物なんだそうだ。 俺にとってはおいしいかどころか、不味い役回りだったので有難い。蓼食う虫もびっくりだぜ。 「それじゃあ、最後の怪談、いくわよ。 皆、この1年5組の教室に実しやかに囁かれる噂を知ってるかしら。あの教室はね、いわくつきの教室なの。 あたし達が入学するよりもずっと前、一人の男子生徒の遺体が発見されたの、胸にコンバットナイフを突き刺されて。 特に恨みを買うようにも見えない、ごく普通の男子生徒だったらしいわ。その子が殺される前日、 ラブレターを貰ったと言って浮かれてたという証言もあって、事件との関連性を疑われたけど、遺留品からそんな手紙は見付からず、 結局犯人は分からずじまい。以来、あの教室に一人でいると何か悪いことが起こるらしいわ…。」 ……結末以外はなにやらどこかで聞いたことのあるような話である。こいつ実は全部知ってるんじゃないだろうな。 長門、あまりこっちを見るな。こういう状況でのお前の眼差しはナイフなんかよりよっぽど怖い。 朝比奈さんはもう完全にギブアップ、古泉は相変わらずニコニコしている。 俺と朝比奈さんの青ざめる様子に気付いたのか、ハルヒは満足げな顔で言った。 「あははは、うっそ。今のは完全なあたしの作り話。こうも良い反応をしてくれるとは思わなかったわ。 持つべきものはキョンとみくるちゃんよねえ。」 こいつ実は読心術もマスターしてるんじゃないだろうか。 「じゃあ、消すわよ。」 そういって最後の蝋燭を吹き消した。 …暗闇 朝比奈さんの「ふえぇぇ」という舌足らずな悲鳴が聞こえたかと思った次の瞬間、蛍光灯が瞬き始めた。 誰が点けたんだ。そう思って部室の入り口に目を向ける。俺にとって、ハルヒとは別の意味で生涯忘れないであろう顔がそこにあった。 ……朝倉涼子? 何なんだ?訳がわからない。なんで復活してるんだ?一人を除いて目を丸くして入り口を凝視している。 驚く朝比奈さんも実に愛らしい、写真に撮って起きたい気分だが、今はそれどころではない。 どうでもいいが少しは驚けよ、長門。 「あんた…カナダは?」 ハルヒが訳のわからない質問をしている。 「何のこと?あなた達こんな時間に学校で何してるの?」 それはこっちの台詞だ。何しに出てきた。学校の警備員のバイトでも始めたのか、働き者だな。 瞬間、長門が何か呟いた。よく聞こえなかったが、例の「呪文」って奴だ。同時に明かりが消え、再び点いたときには入り口には誰もいなくなっていた。 なんだ?何をしたんだ、長門? 「何…今の?」 ハルヒが驚き半分、興味半分の器用な顔で声をあげる。あれはいったい何なのか、それは俺が知りたい。 朝比奈さんはもはや放心状態、古泉は胡散臭い笑顔に戻っている。 長門は勿論表情を変えていないが、一言 「……幻覚」 とだけ言った。いくらハルヒをごまかすためとはいえ、それはないだろ長門。 「幻覚…?みんなも見たでしょ?」 「…見ていない」 長門が無茶な否定を始めたが、他にどうしようもないので俺も続いて首を横に振った。 「ん~、おっかしいなあ。確かにそこに朝倉涼子が……まあいいわ。考えてもわかんないし。今日はそれなりに面白かったし。 終わりにしましょ。」 こんなフェルマーの最終定理の証明よりも意味のわからない説明で納得してくれるんですか、ハルヒさん。 お前が、大雑把な奴で良かったよ。 帰りの道中、俺は長門へ説明を求めた。さすがの俺もあれでは納得がいかない。古泉も興味があるようで、 話に勝手にまざってきた。あっちでハルヒの話し相手でもしてろよ。 「残念ながら、涼宮さんは朝比奈さんと話すのに忙しいようですのでね。」 見ると、ハルヒが朝比奈さんへまだ怪談を語っている。もう、いつでも失神する準備万端な朝比奈さんは 半分ハルヒに引っ張られて歩いている。すみません…朝比奈さん。 「…ノイズ」 長門がいきなり蚊の鳴くような声で説明を始めた。 例によってさっぱり意味がわからなかったが、古泉によるとこういうことらしい。 長門は朝倉涼子の情報連結を解除したが、それは朝倉涼子のデフォルトの状態を消去したのであって、 朝倉涼子が長門のあずかり知らない所で得た経験値までは対象となっていなかったらしい。 つまり、1年5組委員長としての朝倉涼子の情報はいまだ学校を彷徨っていて、ハルヒの願いに呼応して現れ、 今さっき長門が、消去したというわけだ。 なあ、それって所謂幽霊じゃないか? 「…そう、通俗的な用語を使用するならば、そういうことになる。」 …笑えない、何故か笑っている古泉の顔をひっぱたきたい気分だぜ。 「遠慮しておきましょう。僕にそういう趣味はありませんから。あ、そうそう、もう電車もないでしょうから帰りのタクシー代は 僕が出しますよ。面白いものを見せてもらったお礼です。」 なにやら、どこかで見たことのあるタクシーを呼び止めて古泉は言った。 「さすが副団長ね。キョンにも見習って欲しいわ。」 真夜中なのにこいつの元気は底なしだな…。朝比奈さんはハルヒを自分の家に招待しようと必至に懇願している。 一人で寝るのが怖いんだろう。俺を誘ってくれれば、インチキパワーを発揮した長門の如きすばやい動きで挙手をして、 二つ返事で引き受けるというのに。 さて、俺も今日はもう眠い。少しばかり癪だが、古泉の好意に甘えてとっとと家に帰って寝よう…電気を点けて。 END
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/5488.html
This page was created at 2009.02.03 by ◆9yT4z0C2E6 ※※※※※※※※ 涼宮ハルヒの消失前日 落ちる! 無限にも感じた落下の感覚は覚醒する意識と共に消え失せ、冷たく固い床の感覚が取って代わった。 部屋の中まで容赦なく侵入してくる12月の冷気が、急速に布団のぬくもりを奪い取りにかかる。 まったく、暑い夏ならともかくなんでこのクソ寒い時に布団からこぼれ落ちたりするんだ、俺は? 再びぬくもりを享受すべく布団に潜り込もうとした俺は、そこに先客の存在を認めて凍り付いた。 妹のヤツが潜り込んだ? いやいや、いくら暗くてもそれならわかる。 もちろんシャミセンでもない。 ハルヒ? 可能性としてはありそうだが、説明したくない理由でそれも違うと断言しよう。 誰だ、こいつは!? 慌てて明かりを付けた俺の目に映ったのは、俺と同じように吃驚の貌をしている、俺と同じ顔だった。 ※※※※※※※※ お前は誰だ! 叫びかけて、慌てて口を抑えた。 下手に騒いで誰かが起きてきたりしたら面倒なことになる。 見ると、アイツも同じように口を抑えている。 思考せよ! 思考するんだ俺の灰色の脳細胞! アリシア人のように! こいつは誰だ? 顔は一緒だ。 行動パターンも一緒だ。 おそらく今考えてることも一緒だ。 俺と同じならばそれは俺だ。 なら俺は誰だ? いいやそんなことは後回しだ。 原因は何だ? 超能力的な何かか? そんなはずはない、あいつらの能力はおかしな赤い玉になることくらいだ。 超能力方面は除外だ。 では未来的な何かか? あるかもしれんが、それなら俺かあいつのどっちかはこの現象を経験済みのはずだ。 だがどうみてもそうじゃない。 未来的何かも除外だ。 なら宇宙的な何かか? 銀色に光るコンバットナイフの影が頭をよぎった時、ケータイが鳴った。 着信音は『雪、無音、窓辺にて』、長門だ。 ケータイは机の上で光りながら鳴っている。 俺の方が近い。 「長門か?」 『今からそちらへ行く』 電話が切られるとほとんど同時に、少女の姿が音もなく浮かび上がった。 「「長門」」 重なる声にかまわず、少女は抑揚のない声で 「遮蔽シールドを展開」 相変わらず言葉が足らないが、話しても声が漏れないってことなんだろう。 そう解釈した俺は、もう一人の俺――ベッドの上であぐらを組み、いつのまにかエアコンの暖房まで入れている――に向かって 「訊かなくてもわかるような気もするが一応訊くぞ、お前は誰だ」 「人に名前を尋ねる時はまず自分から名乗ったらどうだ」 なんてひねくれた野郎だ。 いや、こいつは俺なのか? だとしたら俺がひねくれ者でひねくれ者がひねくれ者をひねくれ者だと言ったらそいつはひねくれ者なのか? あぁめんどくせえ! 「異次元同位体」 なんだって? 「あなた方の概念で言うところの、『異世界人』が最も近い」 ついに出たか、異世界人。 しかも俺かよ! やれやれだ、と首を振ってハタと思った。 どっちが異世界人なんだ? 見ると、もう一人の俺も俺を見ていた。 俺たちは同時に、長門へ振り向いた。 長門は俺たちを見つめている。 いや、あるいは何も見ていないのかもしれない。 いつもにもまして表情が読めなかった。 長門? まったく動かない長門に、俺たちは二人して心配し始めていた。 長門? 大丈夫か、長門? 肩をつかんで揺すってみるべきかと考え始めた時、まばたきをしてマイクロ単位に頷き、 「問題ない」 そうか? 目で問いかけると、再びミリ単位で頷いて見せた。 俺は長門に向けてイスを出して、机にもたれかかった。 もう一人の俺はベッドに腰を下ろした。 俺も、もう一人の俺も口を開かなかった。 長門に尋ねるべきことはわかりきっていたが、もし自分の方が異世界人だったら、俺はこれからどうすればいいんだ? 「なぁ、長門」 俺は意を決して長門に尋ねた。 どっちが異世界人なんだ? と。 長門の答えは意外だった。 「答えられない」 どうしてだ? 「命令だから。 わたしはあなた達の意志行動を支援すること、および情報秘匿を命じられた」 ――そうか―― 「つまり、俺たちも観察対象になった。 これでいいんだな?」 「いい」 はぁ…… 要するにまたハルヒのトンデモパワーのせいなのか。 こんどは俺が二人だと? 何考えてやがんだ? 雑用がもう一人欲しいのか? 俺たちは互いに貌を見合わせ、同時にため息をつき、腹をくくって互いの情報交換を始めたが、違いらしい違いは見あたらない。 余計にわからない。 同じ俺なら二人いる必要はないはずだ。 俺とこいつは何が違う? そこに事態打開の鍵があるはずだった。 ※※※※※※※※ 遠目にもよく目立つ黄色いカチューシャ。 あそこにいるのは…… 学校への坂道を上っていく生徒の流れの中に、ハルヒの姿があった。 「よう」 少し歩を速めて、横に並ぶ。 二人で額をつきあわせた結果、一致しなかったのはハルヒとの関係だ。 ある意味では一致したのだが、全く意味がなかった。 つまり、お互いに『俺にとってハルヒはなんなのか』という問いに答えを出せなかったのだ。 「珍しいわね、こんなところで会うなんて。 明日は雨かしら」 「別に。 たまには早起きすることくらいあるさ」 妹に起こされるわけにはいかない理由が出来ちまったからな。 『キョンくんが2人いる~!』なんて注進されてみろ、これ以上事態をややこしくするようなマゾっ気は俺にはないのさ。 俺たちの出した対策は、とにかくハルヒを観察することだった。 こうなった原因はハルヒだ。 ハルヒを観察していれば、何か掴めるかもしれない。 ちなみにあいつは長門にもらったナントカで透明人間と化している。 『意志行動の支援』ってやつだ。 一日交替で入れ替わることになっているので、明日は透明人間初体験ってわけだ。 「いつまでもだらだら布団にしがみついてるよりはマシね。 そうだ、明日もこの時間にきなさい。 坂の下の公園で待ち合わせ、あたしより遅かったら罰金だから」 「マテマテマテ、なんだいきなり」 「あんたに早起きのクセをつけてあげようという、団長としての配慮よ。 ありがたく受け取りなさい」 ありがたくねぇよ。 「ついでに体力ね。 はい、これ持ちなさい」 そう言って、さっさと鞄を押しつけやがった。 「おまえな、自分の鞄くらい自分で持て」 憮然としてそう返すと、 「鍛えようと思わないと鍛えられないわよ。 いつか好きな子が出来たとき後悔したくないでしょ」 意外なことを言う。 「お前の口からそんな言葉が出るとは意外だな。 恋愛感情は精神病の一種じゃなかったのか?」 「あんたまで同じに考えなきゃいけないって決まりはないのよ、もっと主体性ってものを持ちなさい。 それで?」 「それでって、何がだ?」 「鈍いわね、それでも健康な若い男なの? 気になる子とか好きな子はいないのかって訊いてるのよ」 こいつは本当に昨日までの、俺の知っている涼宮ハルヒなのか? 愕然として見つめる俺には目もくれず、恋愛談義を続けるハルヒ。 「みくるちゃんと有希はダメよ。 SOS団内での恋愛禁止、もちろんあたしもダメ。 わかって… ってあんたどうしたのよっ」 どうしたって、何が? 嗚呼、俺か。 俺がどうかしたのか? 「どうかしたのかって、あんた自分でわかってないの? 真っ青よっ」 「そんな貌してるか? 気のせいだろ。 さっ、行こうぜ」 確かに俺はショックを受けている。 だが、何にだ? ここが俺の世界じゃない可能性は何度も考えて、覚悟してたはずじゃないか。 「気のせいって、そんなわけないでしょ! そんな貌色で――帰るわよ、鞄よこしなさい」 ハルヒは鞄を二つとももぎ取ると、たまたま通りかかったクラスメートを掴まえて担任への連絡を命じ、俺の腕をつかんで坂を下り始めた。 こういう、こうと決めたら有無を言わせないところは俺の知っているハルヒだ。 抵抗も虚しくタクシーに押し込まれた俺は、部屋のベッドに寝かされている。 無理に起きようとしたら、技を掛けられて押し倒された。 ハルヒが俺を病人と思ってるのかどうか疑問だ。 ふぅ…… 肺の中の空気をはき出すと、全身が弛緩していくのがわかる。 ぬくもった布団が心地いい。 眠い…… 夕べ寝てないしな…… 「台所借りたわよ。 ――キョン? 寝ちゃったのかな」 小さな土鍋をのせたお盆を手に、ハルヒが俺を呼んでいる。 ベッド脇に座り、俺の貌をのぞき込んで―― ――今まで一度も見たことのない貌だった。 安堵? 慈愛? 満足? 誇り? なんなんだ? とても綺麗な、けれどどこか怖い――肉食獣を連想させる――、貌。 「もう大丈夫そうね。 よく寝てるみたいだし」 その声も、今まで聞いたことのない柔らかさを持っていた。 ハルヒの貌、ハルヒの声、その向かう先にいるのは――あれも俺だが、この俺じゃあない―― そもそも、あのハルヒが俺のハルヒかどうかは…… って俺のハルヒって何だっ! ハルヒは眠ってしまった俺をつついたりして遊んでいる。 その貌にはまるで、『愛してる』と書いてあるようじゃないか。 ……イライラするな。 なぜだ? ハルヒが普通の恋愛をしてる? いいことじゃないか。 普通、ウェルカムだ。 望むところだ。 相手が俺ってのはどうなんだ? 嫌なのか? そんなわけあるか! 嗚呼、そんなことあるわけがねえよ! なのになぜ、あいつが他の男にあんな貌を向けるのを黙って見てなきゃいけないんだ!? あれも俺だ、俺だが、この俺じゃない。 なんだってあそこにいるのはこの俺じゃないんだ! 唐突に、本当に唐突にわかった。 これは嫉妬だ。 俺が俺に嫉妬している? なんてばかばかしい図だ。 『俺にとってハルヒはなんなのか』? 嗚呼、今や答えは明白だ。 それから、俺で遊んでいるハルヒを見ながらボーっと考えていた。 ここがあいつの世界ならいい。 そうだったら、俺は俺のハルヒが俺を好きかどうかなんてまだ知らないですむ。 逆に、もしここが俺の世界だったら、俺はハルヒの心の内を覗いてしまったことになる。 そいつはフェアじゃない。 いつのまにか、ハルヒはベッドにもたれかかって眠っていた。 俺はステルスモードを解除して押し入れの毛布を取り出し、その背中にかけてやった。 よく眠っているようで、規則的な寝息が聞こえてくる。 その横にしゃがんで寝顔を見つめ、今やはっきりと自覚できる気持ちを言葉にした。 ※※※※※※※※ 落ちる! 次の瞬間、世界は反転し暗転し俺は果てしない落下の感覚に襲われた。 意識を失う直前、ハルヒの柔らかい微笑みを聞いたような気がした。 ――無限にも感じた落下の感覚は覚醒する意識と共に消え失せ、冷たく固い床の感覚が取って代わった。 部屋の中まで容赦なく侵入してくる12月の冷気が、急速に布団のぬくもりを奪い取りにかかる。 「帰って…… 来たのか? それとも、リアルな夢……?」 いや、どちらでもいい。 俺は気づいちまった。 そしてここには俺のハルヒが居る。 それで十分だ。 もしかしたら、俺は呼ばれたんじゃなく送り込まれたのかもしれないな。 気持ちを自覚するために。 それにしても、俺が見たハルヒをあの世界の俺は知らないわけだな、寝てたんだから。 「なるべく早く気づいてやれよ、別世界の俺。 自分の気持ちにも、あいつの気持ちにも」 窓の外、星を見上げながらつぶやいて、ふと思いついて付け加えた。 「そして頼むからこっちには来ないでくれ」 異世界人騒動はもう勘弁してくれ。 ※※※※※※※※ 目を覚ますと、ハルヒはベッドに寄りかかり、毛布をかぶって眠っていた。 押し入れ開けたのか? 仕方のないやつだ。 あそこには健康な男子の必需品もあったんだが、どうやらばれてないな。 時間は…… 昼をとっくに回ってるじゃないか。 時刻がわかると、とたんに腹が減った気になるのはなぜなんだろうね。 のども渇いたし、台所で何か探すとするか。 ごそごそと起き上がろうとすると、ハルヒが目を覚ました。 うにゃうにゃと寝ぼけてる貌は――うむ、可愛いと言わざるを得ないな。 だんだんと目の焦点が合っていき…… 俺の存在に気づいたな。 うれしそうな笑みがこぼれて――うむ、さっきの100倍可愛いと言わざるを得ないな。 だがまだ寝ぼけているようだ。 俺がじっと見ていることに――今、気づいた。 「こぉらキョン! 女の子の寝顔を勝手に見るなんてサイテーよ!」 さようなら、100倍可愛いハルヒ。 短い生涯だったな。 「ハルヒ」 「なによ」 「可愛かったぞ」 「ばか」 こいつのこんな貌を見るのはあの、ポニーテールをほめた時以来だな。 いつまでも見ていたい気もするが、悲しいかな、人間とは腹の減る生き物なのだよ。 「腹減ってるだろ? なんか喰おうぜ」 なぜにアヒル口になる? 「あ…… 毛布かけてくれたんだ。 ありがと」 かぶっていた毛布をたたみながら、そんなことを言った。 ハルヒが自分で出したんじゃないのか? 嗚呼、あいつか。 俺は曖昧に答えて台所へ降りていった。 ハルヒのこしらえた軽い物を二人で食べながら、 「それにしても朝は吃驚したわよ。 あんたホントにまるで血の気のない顔してたわよ? 今は大丈夫みたいだけど」 ふむ。 「嗚呼、あの時はちょっとショックなことがあってな……」 「へぇ?」 「恋愛談義なんて絶対しそうにない女が突然、俺に向かって好きな子はいないのかなんて訊いてきたんだ。 異世界にたった一人紛れ込んだんじゃないかと思うくらいショックを受けても当然だろ?」 実際、そうかもしれないからな。 「へぇ……」 「あっ! こらっ!」 「喰うなっ! 自分で作れっ!」 ハルヒのやつ、俺の皿を取り上げやがった。 「はぁ、なんだかいい夢見てたと思ったんだけどなぁ」 皿を取り返して、 「いい夢? どんな夢だ? 宇宙人か未来人か超能力者か異世界人でも出たか?」 「な~いしょっ。 はぁ……」 なぜそこで俺を見ながらため息をつく。 なんだそのかわいそうな生き物を見るような目は? 「ま、いいわ。 食べ終わったら支度しなさい」 支度? 何のだ。 「学校行くのよ。 今からならSOS団の活動に間に合うわ」 ※※※※※※※※ 「みんな居るっっ!?」 文芸部室の扉を開けて涼宮ハルヒが入ってきた。 『鍵』……彼を伴って。 私は本を読み続ける。 彼はいつもの席に座り、お茶を飲み、古泉一樹とゲームをする。 涼宮ハルヒはいつもの席に座り、お茶を飲み、ネットサーフィンをする。 何も変わらない、いつもの風景。 私の、エラー発生頻度が異常を示していること以外は。 『彼』は元からこの次元に存在していた『彼』 もう一つの『鍵』は消滅した。 元の次元に帰ったのかは不明。 私には次元を超える観測能力はない。 異次元同位体は存在した。 これは事実。 しかし出現した経緯は不明。 不明。 不明。 私は、なぜ、涼宮ハルヒが喚んだに違いないという判断に固執している? 判断は保留されるべき。 あるいは、統合思念体に情報提供を申請するべき。 私はするべきことをしていない。 否、できないでいる。 必ずノイズが発生し、実行に至らない。 自己診断。 診断結果は異常なし。 このような結果はありえない。 診断結果が異常。 私は私の異常を報告するべき。 ノイズ発生。 失敗。 ……いつもの時間。 私は本を閉じた。 彼がこちらを見ている。 彼は情報を欲している。 だけ。 ……エラー頻度の非線形変化を検出。 一人になってマンションで待つ。 彼は来る。 来た。 「俺だ」 「入って」 彼が座卓に座る。 私はお茶を淹れて彼の前に置いた。 朝比奈みくるの淹れるお茶と温度、成分とも同じになるように淹れた。 「早速で済まないんだが、あいつはどこにいるんだ?」 期待した言葉ではなかった。 期待? それはナニ? 期待。 期待値。 確率。 数学。 ……unmuch failure 原因不明のエラー増大を検知。 「消滅した」 「消滅っ!?」 「状況から、元の次元に帰還した可能性が最も高い」 「あ、あぁ…… 帰ったのか。 脅かすなよ」 「……」 「それじゃあ、俺がこの世界の『俺』で間違いないんだな?」 「そう」 彼が安堵している。 「そうか、一度くらいは透明人間を体験してみるのも悪くないと思ってたが、そのチャンスはなくなったってことか。 少し、残念だな」 「あなたが望むなら」 「なんだ? 透明人間体験、させてくれるのか?」 私は頷いた。 「そうだなぁ……」 私の提案を彼が思案する。 何故思案するのだろう? 彼は透明人間を体験してみたいと言ったはず。 私の認識は間違っている? 彼の表情が微妙に変化した。 心拍、血流の増大を検出。 貌が赤い。 原因不明のエラー増大を検知。 「やっぱりやめておく」 彼は小さく「卑怯だからな」とつぶやいた。 もちろん、私には聞こえている。 誰に対して卑怯なのか。 彼がどんな想像をしたのか。 判断する材料は不足している。 不足しているにもかかわらず、私の判断は『彼は涼宮ハルヒのことを考えていた』と断定した。 原因不明のエラー増大を検知。 「そう……」 「それより」 彼が話を変えた。 「あいつはどうして帰ることができたんだ? 長門はずっと観察してたのか?」 そう。 私はずっと観察していた。 彼が消滅する直前、涼宮ハルヒにしたことも。 そのことは統合思念体にも報告していない。 私は答えない。 答えられない。 それを口止めされていると解釈したのか、彼はまぁいいかと言って立ち上がった。 彼が行ってしまう。 「それにしても、人騒がせなやつだ。 俺はもう少し、常識的で普通の生活がいいんだがな」 「じゃあ長門、今日は世話になった。 こんど何かおごるよ。 また明日、学校でな」 靴を履き、彼は出て行った。 異次元同位体が消滅の直前に、涼宮ハルヒに投げかけた言葉。 『好きだぞ、ハルヒ』 涼宮ハルヒは彼でない彼からの言葉で彼を解放した ≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫ 涼宮ハルヒは彼でない彼からの愛の言葉に反応した ≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫ 涼宮ハルヒは、彼 で な い 彼 で も い い の だ ≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫ ≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫ ≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫ 否、これはエラーではない。 ≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫ ≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫ ≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫ これは私が新しい概念を獲得した証。 ≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫ ≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫ ≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫ これは『恋』という概念。 ≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫ ≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫ ≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫ ≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫ ≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫≪エラー≫ ≪エラー≫≪エラー≫ 全てのエラーがマスクされていく。 『恋』は全てに優先する概念。 これで正しい。 私は、正常。 そう、わたしはせいぢょう。 ※※※※※※※※ 少女が歩いている。 セーラー服を着た、小柄な、ショートヘアの少女は真冬の夜を歩くにはあまりにも薄着だったが、まるで寒さなど感じていないかのように歩いている。 ひとつの街灯の下で少女は立ち止まった。 街灯の明かりがまるで、スポットライトのように少女の姿を映し出す。 アッシュの髪。 感情のない無表情な貌には、何も見ていないような、あるいはすべてを見透しているような黒曜の瞳。 少女は夜空へ向けて手をかざす。 伸ばした手の先には、輝く冬銀河。 「 」 少女が何かをつぶやいた。 やがてかざした手を下ろした少女は、自分が今まで何をしていたのかわからないとでも言うように不安そうにあたりをきょろきょろと見回し、寒そうに早足で夜の闇に消えていった。 ※※※※※※※※ もし聞く者が居たら、少女のつぶやきはこう聞こえただろう。 『常識的で、普通の世界……』 少女が恋する、普通の少年が何気なく口にした一言。 少女は、自身の恋に忠実に行動した。 fin.
https://w.atwiki.jp/niconamapedia/
ニコ生とはニコニコ生放送の略。そしてニコニコ生放送を行う放送主が主に生主と言われている。 ここではニコ生主を紹介していきます。
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/3389.html
事態は深刻。北高創生以来一番の大事件が起こっている。 事の発端は30分程前に遡る。我等SOS団がいつもの活動――まぁオセロやパソコンくらいだが――を部室でしていた時の事だ。 突然放送が鳴り、俺らは仰天する。 「ここの学校の放送室は乗っ取ったぁぁ!放送委員4人が人質だぜ!!」 明らかに高校生らしくない、中年男性の声がする。乗っ取った?…放送室を? 「これは強盗からあたしたちへの挑戦ね!!受けて立とうじゃない!!」 勝手に解釈するな!…言うと思ったけど。 「しかし涼宮さん。これはさすがに少々危険では…」 「古泉くん!この学校を救えるのはあたしたちしかいないの!あたしたちがやらなきゃ誰がやるの!?」 「そうですね。分かりました、やりましょう。」 そして勝手に納得するな古泉!ハルヒの奴が調子に乗るぞ。 俺らが放送室に向かおうという時に放送が鳴る。 「とりあえず金と酒を用意しろぉー!さもなくばこいつらの命はねぇぞ!!」 …この強盗、馬鹿か?何故金と酒目的で学校なんだ?しかも放送室って… そうこうしつつも放送室前に到着。そこには既に大勢の先生方が集まっていた。 岡部が放送室の中へ聞こえるように叫ぶ。 「金と酒は用意した!!どうやって引き渡すんだ!!」 用意周到なこった。っておいおい、酒があるのは問題なんじゃないか? 「生徒一人が入ってきて渡しに来い!!」 と、犯人の声。さっきの放送の声とは違うところから考えると、強盗は2人組らしい。 「あたしが行くわ!!」 さすがにハルヒの危険を感じた俺はハルヒを制止する。 待てハルヒ!ここは俺が行く。 「あんたはここで待ってなさい!言ったでしょ!この学校を救えるのはあたししかいないのよ!」 さっきは『あたしたち』だったような気がするが、まぁそこはスルー。 用意された金と酒(酒はビール瓶2本のようだ)をハルヒが受け取り、放送室の戸の前に立つ。 「さぁ、開けなさい!!」 ガチャという鍵の開く音。ハルヒは中へ入っていき、戸は閉まった。 緊張する一同。まるでドラマのワンシーンのようだな。 突如、中から騒音と奇声が聞こえてきた。 『バリーン!!』 「うわああぁぁ!!」 「くたばりなさい!」 『バリーン!!』 「ぐおっ」 「さぁ、あなたたち逃げて!」 「待てぇっ!」 「あんたはそこで倒れてなさい!!」 「ぎゃああぁっ!!」 しばらくすると戸が開いた。すぐに人質の放送委員4人が出てきて、その後に泡を吹いてる強盗2人をハルヒが鷲掴みにして出てきた。 「フンッ!ざっとこんなもんよ!」 いやあ、素直に感心したね。本当にたった一人でこの学校を救ってしまうとは。 その後警察が駆けつけて強盗2人を逮捕。ハルヒは警察から感謝状をもらっていた。 そうしてまたSOS団の歴史に新たな1ページが刻まれた。この活躍の象徴となる感謝状は、団長様の机の中に大切に保管されている。 end
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/1160.html
今日も寒い日だった。 いつものようにハイキングコースを登ってると これもいつものように谷口が声をかけてきた。 「よっ!キョン!おはよう!」 こんな糞寒いのに元気な奴だ。 その元気を8割くらい分けて欲しいもんだね。 教室につくと俺は即座に自分の席に座る。 窓側の日差しが入ってくる、冬が苦手な俺にとってはまさに特等席だ。 ちなみに一番後ろの席だ。 ハルヒはもう俺の後ろにはいない。 今は2月下旬、暦の上では春なのだが、まだまだ寒い日が続いていた。 ちなみに俺は今、高校2年生だ。 俺と谷口は、なんとかギリギリ2年生に進級することが出来た。 1年の頃はSOS団なる意味不明な団体活動に精を出してたから 勉強をする気力をすべてそっちに持っていかれていたが、今年は進級について悩むことは無さそうだ。 なぜならSOS団はもう活動をしていないからである。 自分の席で太陽の日差しを浴びて、あまりの気持ちよさで深い眠りに入りそうなとき、 女子数人が大声で喋りながら入ってきた。 そのおかげで俺は目を覚ました。 その女子のグループは2年生になってから同じクラスになった女子2名と 去年から同じクラスだった女子3名から成り立っていた。 その3人の中の1人は涼宮ハルヒだった。 去年まではクラスで孤立していた涼宮ハルヒも 今年はクラスの女子と仲良くやっていた。 変な趣味を除けば、 美人で頭が良くてスポーツ万能で、思いやりのある明るい女だ。 そして2年生になってから友達が出来たということは 変な趣味を捨てたということだ。 ハルヒは何も言わず俺の横の席に着き、鞄から出した教科書を机にしまっている。 俺も何も言わず、チャイムがなるまで日差しを浴びながら先生が来るのを待った。 3時間目の数学の授業が始まる直前のことである。 ハルヒは机の中を熱心に覗き込んでいた。 「あっれ~おかしいな~、確かに鞄に入れたんだけどな」 どうやらハルヒは数学の教科書を忘れてしまったらしい。 俺は何も気にすることなく座っていた。 ハルヒは右側の席の奴に 「ねえ、教科書忘れちゃったから一緒に見てもいい?」 という会話をしていた。 俺たちはもう赤の他人のような状態だった。 今日から短縮授業である。 何故なら3年生はもうじき卒業で、 教師達は就職の手続きや大学受験の補習などで大忙しのためである。 言うまでも無いが、朝比奈さんは何事も無く3年生に進級した。 そして何事も無くこの学校を卒業をする。 そういえば朝比奈さんは大学へ行くのだろうか? それとも就職するのだろうか? いや、これからは今以上に涼宮ハルヒの観察に従事するのだろうか? そんなことを考えてるうちに終業を知らせるチャイムが鳴り 1年生と2年生は帰宅の時間となった。 しかし部活動をしている連中は昼飯を食った後、部活動をすることになる。 俺は谷口と国木田の3人で、ハルヒは女子数人、 古泉は自分のクラスの連中と家に帰宅する。 ちなみに長門は1人で家に帰る。 長門はもう文芸部の活動をやめていた。 おそらく途中でコンビニに寄り夕食を買ってから帰るのだろう。 俺たちと違って、学校内にも家に帰っても親しい人間がいない長門は このところずっと1人きりで生きてきたのだろうたぶん。 家に帰った俺はあることを思い出す。 「しまった・・・今日からは昼飯はコンビニやら弁当屋で買うんだった・・」 この寒い中、また外へ出るのも億劫だったが 1時間したくらいに俺の腹は限界を迎え、結局コンビニへ弁当を買うことにした。 家から出て1分ほどしたところで電柱の陰から男が飛び出してきた。 「こんにちは、お久しぶりです」 古泉だった。 「なにやってんだよお前、こんな糞寒い中、俺を待ってったのか? それともハルヒ関連のことか?」 久しぶりの古泉との会話だ。 「そうです。涼宮さん関連の話です」 「なんだよ、最近めっきり事件が発生しないと思ったら・・」 「あなたは最近の涼宮さんを見てどう思いますか? とても幸せそうな学校生活を送ってるように見えますよね? しかも成績優秀でスポーツ万能、まさに何も悩みがありません」 「何が言いたいんだよ、遠まわしに言わないで用件だけをさっさと言え。 長門や朝比奈さんは呼ぶのか?そうだ、昼飯を食ってからにしてくれ」 古泉はあの懐かしい微笑をしながら俺に告げた。 「いえ、事件ではありません。」 「なら何なんだよ」 早くしてくれ。俺は腹が減ってるんだ。 「何も無い。それだけです。涼宮さんが常識的な思想を持ち、幸せな生活を送り そしてそれに伴いあの神人の出現も無くなりました。用件はそれだけです」 「そうか、よかったな」 「我々、機関の努力の成果ですね。実はこうなるように我々は3年前から計画を立てていたのです」 まだ話が続くのか。 「涼宮さんが普通の人間として人生を歩むように仕込んだのです。 野球大会や夏の合宿、冬の合宿なども、そのための我々の計画だったのです。 未確認生物を探し回るよりも、友達と普通に遊ぶ方が楽しいという考えを植えつけるためのね」 なるほど。 古泉の所属している機関の努力おかげで ハルヒは非現実的なことを考えることは無くなり 今では普通の学生として普通の人生を送っている。 そしてSOS団なんていう変な団体の活動もしない。 子供の頃に作って遊んだ秘密基地のように、時がたてば忘れる。 SOS団もどうやら秘密基地と同じような物だったんだろう。 古泉と別れの挨拶をした後、俺はコンビニへ向かって走った。 「早くしないと唐揚げ弁当が売り切れちまう」 唐揚げ弁当は無かった。 「古泉の野郎め」 しかたなく俺は梅おにぎりを買うことにした。 しかも3つも。 せめていろんな種類があればよかったのだが、不運なことにこれしか残ってなかった。 明日は忘れずに学校帰りに買おう。 そしてコンビニを出た直後、俺はあることを思い出した。 長門はどうなるんだ。 俺たちと違って長門は1人だ。 機関とやらのせいで長門は昔のように1人の生活に戻ってしまった。 いや違う。何を考えてるんだ俺は。 俺にも責任があるだろうが。 SOS団がなくなったら長門は1人になるなんて分かってたことじゃないか。 なぜ気づかなかったんだ。 俺は長門のマンションへと走った。 SOS団はなくなっちまったけど昼飯くらいは一緒に食おうぜ。 3年生になってからは俺たちと一緒に弁当を食おうぜ。 きっと谷口も国木田も大歓迎だぜ。 玄関のインターホンで長門の部屋のボタンを押した。 …反応なし。 もしかしたら昼寝、、な分けないか。 マンションがダメなら思い当たる場所はあそこしかない。 そう、文芸部室だ。 俺はコンビニの袋を抱えたまま学校へと走った。 文芸部室の扉の前に到着した俺は30秒ほど 息を整えてからドアをノックした。 「・・・・入って」 長門の声だ。 「長門、久しぶりだな。じつは一緒に昼飯を食べようと思って」 「・・・・」 長門は俺の言葉を無視して、本を読んだままだった。 「ひょっとしてもう食い終わったのか?」 「・・・・」 無言。 しかたなく俺は1人で梅おにぎりを食うことにした。 食い終わった後、1人でオセロをやった。 長門を誘ってみたがまた無言だった。 1人オセロを始めて30分程度が過ぎた頃、 なにやら小さな泣き声が聞こえてきた。 その声の主は長門だった。 「どうしたんだよ長門!腹でも痛いのか!」 急いで長門のそばに駆け寄る。 「私・・これからずっと1人だと思ってたのに・・あなたが来てくれたから・・」 長門は俺に抱きつき、そのまま夕方まで泣き続けた。 よほど1人は寂しかったんだろうな・・・ 冬の日没は早く、俺たちが学校を出た頃には既に 街灯がともっているくらい暗くなっていた。 俺たちは凍えるような冬の空の下を並んで歩いた。 こうして長門と2人きりで歩くのも久しぶりだな。 「なぁ長門。SOS団のこと好きか?」 「・・好き」 「また皆で一緒に街中を探検したりしたいか?」 「・・したい」 「また朝比奈さんのお茶を飲みたいか?」 「・・飲みたい」 「また合宿とかに行きたいか?」 「・・いきたい」 「なぁ、俺にいい考えがあるんだけど言っていいか?」 「・・言っていい」 「SOS団を復活させようぜ」 家に帰った俺はさっそく元SOS団のメンバーに電話をかけた。 まずは朝比奈さんからだ。 この人ならなんでもOKしてくれそうな気がする。 「あ、キョン君、お久しぶりです~。え?SOS団? あと数日だけですがいいですよぉ」 あっさりとOKを貰った。 問題はここからだ。ハルヒと古泉。 ハルヒは今では普通の思想を持った普通の女子高生だ。 もしSOS団を復活させたいと言っても断られる可能性が高い。 俺の小学生時代の友達に「また秘密基地を作ろうぜ」と言っているのに等しい。 古泉もむずかしい。 基本的にイエスマンの古泉だがSOS団となると話は別だ。 なんせSOS団を解散に追い込んだのは古泉の所属する組織だからな。 数分迷った挙句、俺は古泉に電話をした。 「もしもし、ああ、今日の話の続きを聞きたいのでしょうか? え?SOS団を復活させたい、ちょっと待ってください。 僕的には何の問題もありません。僕自身、SOS団のことは大好きでした。 しかしまず機関の意向を聞かなければなりません。ちょっと待ってください」 そういうと古泉はどうやら別の携帯電話で機関とやらに電話をし始めた。 なにかボソボソと会話した後、 「もしもし、お待たせしました。1日だけならという条件ならいいとの事でした。 何か必要な物があったら僕に言ってください。はい、では」 残るはハルヒか・・・ 俺は最後の難関、ハルヒに電話をした。 「なに」 よかった。 ハルヒと会話をするのは半年振りだから 居留守を使われたりするかと思ってたからだ。 俺はいきさつを説明した。 「なんで今更SOS団なのよ。有希が望んでるから? 知らないわよそんなの」 昔はSOS団の活動を断ったら死刑にするとまで言っていた ハルヒだが、今ではこうなっていることに俺は胸が痛くなった。 そして団員を命を賭けてでも守ると言っていたのに、 知らないわよ、の一言で片付けてしまったを俺は本当に悲しいと思った。 「ねぇキョン、私達はもう高校2年生なの。 4月からは3年生なのよ。もうそんな幼稚なことやってられないわよ。 復活させるのは自由だけど私は参加しないわよ。 今は短縮授業だから毎日学校帰りに友達と一緒に喫茶店でお昼を食べることにしてるの」 とにかく明後日の放課後に文芸部室に集合な、 と言って俺はハルヒが反論をする前に電話を切った。 次の日、学校帰りに古泉を捕まえて明日の活動に必要な物を告げた。 そしてSOS団復活の日である。 俺は文芸部室のドアをノックした。 そして朝比奈さんの「はぁ~い」という返事を聞き、俺は部室に入った。 朝比奈さんはあのメイドの衣装を着ていた。 そして既に長門と古泉の姿があった。 古泉の用意した野菜を朝比奈さんが切り、 これまた古泉の用意した鍋の中に入れていった。 昨日俺が古泉に注文したのは、鍋とその具だった。 朝比奈さんは「もうすぐお別れですね・・・」 等の卒業生らしい会話を始めた。 朝比奈さんは泣いていた。 俺は朝比奈さんに 「卒業してもまた会えるじゃないですか」 しかし朝比奈さんは泣き止まない。 そうか・・・ 暗い雰囲気の中、俺たち4人は鍋を囲んで具が煮えるのを待っていた。 そしてバタン!と勢いよくドアが開かれた。 と同時に 「やっほー!!ひっさしぶりー!」 やれやれ、心臓が止まるかと思ったぜ。 振り向いたそこに立っていたのは鶴屋さんだった。 「よっ!キョン君、ひさしぶりー! 有希ちゃんも古泉君もひさしぶりー!」 鶴屋さん、ありがとうございます。 おかげで重い空気が吹っ飛びましたよ。 「あの、私が呼んだんです」 朝比奈さんが言った。 SOS団準メンバーを加え5人になった俺たちは 再び具が煮えるのを待った。 「やっぱパーティーと言えば裸踊りだよね~。 みくるっ!脱いで!」 朝比奈さんは脱ぎ始めた。 「あの、、キョン君、、これでお別れだからサービスです」 「よーし、あたしも脱ごうかな~!」 鶴屋さんも脱ぎ始めた。 古泉は苦笑していた。 「いいんですか?鍋がバレただけなら停学で済みますが、 裸にもなると卒業すら出来なくなってしまいますよ?」 「大丈夫だって!ほら古泉君も脱いじゃえ!」 鶴屋さんは古泉のベルトを外し、ズボンを下げ、パンツを下げた。 さっきの苦笑はなんだったんだ。 体の方は大喜びしてるじゃねえか。 改めて俺は古泉に対して人間不信になった。 朝比奈さんと鶴屋さん、古泉が裸になっていた。 俺は深い溜息をついた。 「やれやれ、俺も脱がなきゃいけないじゃないか」 そして長門以外の4人が裸になった。 「ほら有希ちゃんも脱いじゃえ!」 「・・・・」 長門は脱がなかった。 「こうなれば実力行使しかありませんね。 鶴屋さん、力を貸してください。一緒に長門さんを裸にしましょう」 そして古泉と鶴屋さんは長門を全裸にしようとした。 しかし長門の不思議な力によって、古泉と鶴屋さんは窓の外に飛んでいってしまった。 そしてゆっくりと地面に着陸した。 その光景は、まさにアダムとイブのようであった。 ピピピ・・・ピピピ・・・ 俺はベッドの中にいた。 「なんだ、、夢か・・・」 ここからが正真正銘のSOS団復活の日である。 いつもより早く登校した俺は誰もいない坂道を登り 誰もいない廊下を歩き、教室に到着した。 ハルヒがいた。 最近は女子の友達と集団登校するのが習慣だったのだが、 何故か今日は1人で登校していた。しかもこんな早い時間に。 「よお、早いじゃないか」 俺はSOS団の話をするよりも日常会話を選んだ。 「うん、なんか目が早く覚めちゃって」 「実は俺もそうなんだよ。昨日変な夢見ちゃってさ、文芸部室での夢さ」 そしてSOS団の会話が始まった。 「SOS団をやめる気なんて無かったのよ」 「じゃあなんでやめたんだ?」 「普通の女子高生をやってみたかったの。 正直、罪悪感はあるわ。私が立ち上げた団体だもの。 でもある日、クラスの女子に誘われたわけ。一緒に帰らないかって。 その子は私がSOS団をやってることを知らなかったの。 本当は知ってたのかもしれないけど、とりあえず誘われたの。 最初は一日程度SOS団を休むくらいいいか、って気持ちだったの。 その子は私と普通に接してくれたわ。私がSOS団をやってることを知ってる子って だいたい腫れ物を触るような態度で私に話しかけるでしょ? でも彼女は違った」 それは古泉の組織が用意した人間なのか、 それとも本当にSOS団を知らなくて、本当にハルヒと仲良くなりたいと思って近づいたのか・・・ どっちにしてもハルヒがその子が原因でSOS団をやめたのは確かである。 「その子と一緒に帰るようになってから他のことも仲良くなっていったの。 それで私、SOS団の団長をやってることを隠そうと思ったの。 だってバレたらなんか嫌だったから・・・」 「お前はSOS団と、その友達とどっちが大切なんだ? いや、言わなくてもいい。結果を見れば分かる。 でも今日だけはSOS団の団長に戻って欲しいんだ。」 「本当に今日だけよ?」 「ああ」 そして放課後、俺とハルヒは文芸部室へ向かった。 鍋は既に出来上がっていた。 長門と古泉は無言のまま席についていた。 朝比奈さんは俺とハルヒのためにお茶をいれていた。 ものすごく空気が重かった。 いつもならハルヒは元気過ぎるくらいだったのだが、 今日は無言のまま下を向いていた。 自分がSOS団を裏切ったことに負い目を感じているのだろうか。 他の団員が話しかけても生返事をするだけだった。 そして余計に空気が重くなっていった。 「あ、あのぉ、キャベツ煮えてますよ」 「・・・うん」 こんな感じだ。 いつもならハルヒと同様、食欲旺盛の長門も今日はあまり食が進んでいない。 俺は古泉にアイコンタクトを送った。 「どうにかしろ古泉」 「いや~こうやって皆で集まるなんて久しぶりですね」 その後が続かない。 いつもハルヒが1人で勝手に盛り上げてたけど、 そのハルヒは長門と同じくらい無口になっている。 鶴屋さんを呼べばよかったな。 あのお方ならどんな状況であれ、なんとかしてくれる。 そんなことを考えていたとき、長門が急に立ち上がった。 そして服を脱ぎ、全裸になった。 そしてハルヒは言った。 「これだからSOS団なんて嫌なのよ!ただの乱交パーティーの会じゃない!」 そしてハルヒは部室から出て行った。 古泉が口を開いた。 「よくやりました、長門さん」 朝比奈さんも 「やっぱ長門さんならなんとかしてくれると思ってましたぁ」 なんだこの展開は。 「実はねキョン君、私達は涼宮ハルヒを普通の人間にするための組織だったの」 これは朝比奈さんの言葉ではない。 長門の言葉だ。 「あの無口な性格もぜんぶ演技だったの。 恐らく涼宮ハルヒはそのことに気づいてたんだと思うの。だからSOS団をやめたの」 なるほど。 「僕や朝比奈さんの使命も終わりました。これでもうあなたと会うことも無いでしょう」 「キョン君、あの、、利用してごめんなさい。でも、、もう会うことも無いから忘れてね」 そして二人はそのまま部室から出て行った。 鍋はどうするんだ。 部室には俺と長門の2人しかいない。 「長門、じゃあ一昨日の涙も嘘だったのか?」 「違うの。あの涙は本当よ。私、あなたのことが好きなの」 「なんだって?」 「好きなの」 「なぁ長門。本当に俺のこと好きか?」 「・・好き」 「セクロスしたりしたいか?」 「・・したい」 「俺のザーメンをを飲みたいか?」 「・・飲みたい」 「気持ちよくなって天国へいきたいか?」 「・・いきたい」 「なぁ、俺にいい考えがあるんだけど言っていいか?」 「・・言っていい」 付き合おうぜ 俺は情報統合思念体になった。 宇宙を彷徨っている。 長門も人間の体を捨てて情報統合思念体になった。 宇宙を彷徨っている。 ハルヒとかどうでもいい。 地球とかどうでもいい。 もう疲れた。 寝るよ、長門。 そして2人はどこかへ行きました。 おしまい
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/5838.html
涼宮ハルヒの三つ巴 人間、生きていく上で決して逃げてはならないことというものが存在する。 ましてや、それが本人にとって是が非でも避けて通れないとなれば、時として勇気をもって言わなければならないこともあるのだ。 周りにどんな視線があろうともそれによって躊躇してはならない。 そう、俺は今まさにそんな心境で自分の中の勇気をすべて振り絞る瞬間に立ち会わなければならなかった。 なぜならば―― 「ハルヒ、今度の日曜日、ちょっと付き合ってくれないか?」 俺のこの一言は、古泉から爽やかな笑みを奪い、朝比奈さんからはお茶を淹れている最中だということを忘れさせ、普段、よほどのことがない限り、視線をハードカバーから外すことのない長門までもが俺を見上げたのである。 いや、俺自身で分かっている。 俺がこんなことをハルヒに言うなんてのはいったいどれだけの異常事態なのかを。 それに比べれば、閉鎖空間の中にダース単位で《神人》たちが新世界創造の為の破壊活動を行っていたとしても、「あー今日も巨人たちが頑張ってるなぁー」とのどかな声をかけながらのんびり眺めていたところで誰も文句を言うまい。 「どういうつもり?」 しばしの時間停止があってハルヒがどこか戸惑いと胡乱を足したような瞳で俺を見つめて問いかけてきた。 「そのまんまの意味だ。何も言わずに付き合ってくれるとありがたいんだが」 「どうして理由が言えないのよ。まさかいかがわしい場所に連れて行くつもりじゃないでしょうね?」 断じて違う。ただ、その場所に行くためには男女ペアでなければならんからだ。 別段、恋人同士である必要はないがな。 「ふうん。なら、あたしじゃなくて有希かみくるちゃんでもいいんじゃない?」 「つまり、お前は断るということか?」 「そうね。あたしはパスするわ。まあ、あんたがその日に予定入れたなら、今回の不思議発見パトロールは土曜日にしてあげる。 団長のあたしなりの心遣い、感謝しなさいよ」 むろんだ。今度の日曜日を空けてもらえるなら、今回の不思議発見パトロールの際の奢りは俺が一番早く来ようとも仰せつかってやるさ。 「何言ってんの。毎回、あんたが一番遅れてくるんだから、そんな約束しなくたって、どうせ、あんたの奢りになるわよ」 実のところ、「……こ、恋人同士って言うなら考えてもよかったんだけど……」という呟きが聞こえたのだが、それは聞かなかったことにしておこう。ヘタにツッコミを入れるとなんとなく嫌な予感がする。 「そうかい」 そう言って俺はハルヒとの会話を打ち切り、長門にしようか朝比奈さんにしようか考えた。 なんたってハルヒ公認で二人で出掛けられるのだ。変な罰ゲームを喰らわされることもあるまい。 で、俺は今回ばかりは長門に視線を向けた。 朝比奈さんの苦笑を横目に捉えてしまったが、すみません。今度、何かあったときは朝比奈さんを誘わせていただきます。 なんせ、長門には俺は返しきれないくらいの借りばかり作ってしまっているんだ。 こんな時でなければ恩返しができんからな。 つってもまあ、長門にとってこれが楽しめるかどうか分からんのだが…… 「なあ長門、今の話の通りで今度の日曜日に……」 「了解した」 早っ! 「ええっと……本当にいいんだな……?」 「わたしも楽しみ」 長門の無表情だが、どこか今にも微笑みそうな顔の動きを俺は見逃さなかった。 「あらぁ~~~良かったわねキョぉン……有希とデートできるなんてぇ~~~有希もまんざらじゃなそうだしぃ~~~」 団長席から俺の背中に、とっても鋭い棘生えまくりの言葉が浴びせられました。 あまりに怖くて振り向くことはできないのだが、おそらくハルヒは半月ジト目で不気味な半笑いを浮かべていることだろう。 って、おい。お前はさっき、俺の誘いを断ったんだぜ。だったら、んな嫌味をかまさんでくれよ。 「心配いらない。彼もわたしも楽しみにしているのは別のこと」 おおっと長門、今回はフォローしてくれるのか!? 珍しく長門がハルヒに意見するのを聞いてそう思わずにはいられない俺。 なんたって、去年の年末の中河のときのやつは当事者であるにも関わらずまったくのノータッチを貫き通したんだからな。 「ときに長門さん、いったい彼はどこに出かけるおつもりなので?」 微笑を浮かべた古泉が割って入ってくる。 理由はなんとなく想像できるな。 古泉の役割、ハルヒのご機嫌どりのためには俺たちがどこに出かけるのかを今、ここで知っておきたいところだろうから。 まあ相手も決まったんだ。俺も隠し立てする必要もあるまい。 長門が淡々と、しかしどこか妙に楽しげな音階が含まれているような気がした声を発した。 ま、長門のことだ。俺が何に誘おうとしたのかを知ったとしても不思議はないしな。 などと軽く思った俺だったのだが、どうやらその考え方は相当甘かったらしい。 「平野綾、茅原実里、後藤邑子の音楽ユニット・AMIYUのコンサート」 瞬間、部室が白黒反転したかのような衝撃が走ったのであった。 「ちょっとキョン! なんでそんな大事なことを先に言わないのよ! てことはあんた、あの抽選に当たったの!?」 イの一番に声を張り上げたのは実は俺の予想外の人物・涼宮ハルヒだった。 「あの抽選ってことは……ハルヒ、お前も応募したって訳だな」 「当然でしょ! 確かにあたしは前にあんたに話した通り、人と違うことを求めるタイプだけどAMIYUだけは話は別よ! 周りが吸い込まれそうになるくらいの存在感を放っていることはあたしも認めるわ!」 そ、そうなのか? つーことはだ。これは参ったな。俺はてっきり、流行を嫌うハルヒなだけに理由を言うと問答無用で断られると思ったし、かと言って後々、ハルヒのいないところで長門か朝比奈さんを誘い二人で出かけて、それがバレた時のことを考慮した結果、まずハルヒに声をかけることにしたわけなのだが―― 「AMIYUのコンサートならあたしが一緒に行ってあげるわ! いいでしょキョン!」 いやあのな…… 俺があきれた声をかけようとする前に、まったく予想だにしなかった声を聞いた。 「拒否する」 って、長門!? 「あたしも行きたいな」 朝比奈さんまで!? 「ときにそのコンサートは絶対に男女ペアでないと入れないものなのでしょうか?」 古泉、お前もか!? 俺は今、異様な光景を目の当たりにしている。 ハルヒはもちろん、巷の流行なんぞとは誰よりも縁遠いはずの宇宙人、未来人、超能力者の面々が勢い込んで俺に迫ってくるのである。 いったいこれはどういう冗談なんだ? 全員、あのコンサートチケットの抽選に応募していたのか? などと心の中で四人に質問してみたのだが、むろん、声には出せなかった。 詰め寄られてしばし沈黙。四人とも俺の次の句を待っている。 そろそろ誰かが「なんてね」と切り出して、この空気を霧散させてくれるとひじょーにありがたいのだが、どうやらその雰囲気がまったくない。 仕方なく俺は恐る恐る口を開いた。 「すまん古泉。お前も応募したなら知っていると思うが、男女供に絶大な人気を誇るAMIYUのコンサートは男女常に同数で見に行かなければならないんだ」 「そうですか……」 古泉が珍しく落胆のため息を漏らし、いつもの、俺とボードゲームをする際の俺の対面の場所へとすごすご引き下がる。 「てことは、後はあたしたち三人の内の誰かってことね」 「みたいですね」 「そう」 一度、ハルヒ、朝比奈さん、長門が目を合わせて火花を散らす。 「で、キョンは誰と行きたいの?」 「む、無茶言うな! これじゃ俺が誰を選んでも後々、酷い目に合いそうな気がするぞ! ハルヒたちで決めてくれ! とてもじゃないが俺には決められん! 今回ばかりは文字どおり、相手は女子であれば誰でもいいんだからな!」 どこか殺気さえ漂わせたSOS団三人娘の迫力満点の詰め寄りに思わず俺は情けない声をあげていた。 「ふむ。それもそうね。じゃあ、あたしたちで決めるわよ。いいわね?」 「あ、ああ……頼むから穏便に決めてくれよ……」 俺は嘆息して古泉の対面へと引き返し、しかし少し思い当たることがあったんで、 「なあ古泉。どうしてハルヒが抽選から外れたんだ?」 「え……? 何か言いました……?」 こ、こいつは……いつまで淀んでやがる! 仕方がないのでももう一度、同じセリフを繰り返す俺。団長席の付近ではハルヒたちが話し合いをしている。 もっとも、ここから見ても分かるが三人とも周りの音など聞こえていない。 おそらく、今、戦闘機が強烈な爆音を立てて上空を飛び去っていこうが気にしないのではなかろうか。 「キョンは先にあたしを誘ったのよ。団長として団員の陳情は聞くべきだわ」 「しかしあなたは断った。わたしは了承した。わたしが行くべき」 「いいえ。キョンくんはあたしを誘うと後々、どんな目に合うか分からないのであたしのために、あたしに声をかけなかったんです」 引かない朝比奈さんってのは初めて見たな…… というか、普段、あれだけ無感動無表情の長門までを虜にするAMIYUを褒めるべきか。 「で、どういう理由でハルヒは当たらなかったんだ?」 たぶん、今なら俺と古泉が、普段なら絶対にハルヒの耳に入れるわけにはいかない会話をしていたとしても問題はないだろう。 「ああ……それはおそらく涼宮さんの中の矛盾がそうさせたのではないかと……」 思いっきり落胆した声を漏らす古泉だが、とりあえず暗い声色は無視することにして。 あっそうか。そういうことか。 ハルヒには確かに世界を自分の都合よく変革する力があるわけだが、それを自覚していない。 また、ハルヒは世界に不思議が起こってほしいと思う反面、起こるはずがないという思いも持っている。 つまり、もし今回、ハルヒが一心に自分も当たるよう念じたならば抽選に漏れることはなかったかもしれないが、心のどこかで応募総数を想像した時に『当たらない可能性の方が高い』と思ってしまったのではないかと想像する。こうなるとハルヒの力が発動することはない。 ちなみに俺が当たった理由は正に偶然だ。 まあもっとも俺はそこまでクジ運は悪いと思っていないがな。 なぜかって? 決まっている。 いったい、この世のどこにカミサマもどき、宇宙人、未来人、超能力者といった摩訶不思議な存在が一同に顔を合わせているような空間で一緒にいられる奴がいると思う? それこそ、このコンサートのクジが当たるよりもはるかに低い確率だぞ。そんな低確率をくぐり抜ける俺だし、ましてや幸運なことが舞い降りることの方が少ないんだからたまにいことがあったっていいだろう。 まあ宝くじとか言った金銭にまつわるクジ運には恵まれないがな。くそ。 「団長命令よ」 「こればっかりはいくら涼宮さんでも譲れません」 「わたしが誘われた」 三人娘の話し合いはまだ終わりそうにない。 仕方がないので古泉にもう一度振ってみる。 俺としては軽い気持ちで単なる話題作りのつもりでしかなかったのだが。 「なあ、お前の機関とやらで、もう2枚ほど手配できないものか?」 俺の言葉を聞くなり、古泉がハッとした顔を上げた。 「そうですね。聞いてみます!」 言って、即座に部室を飛び出す古泉。 ああ……っと、提案してしまったのは俺だが、なんだかちとまずい気がしたぞ。 完全な職権乱用だよな……というかはたしてハルヒを観察するための機関とやらがAMIYUの為に動くのだろうか。 古泉が出てしばらくしてから、 「じゃあ恨みっこなし! クジで決めましょう!」 ハルヒの高らかな宣言が聞こえてきた。 ふと振り返れば、いったいどこから調達したのか、いつものパトロール班分け用爪楊枝をハルヒが握っていた。 もちろん今回は三本で一本に赤い目印が付いているのだろう。 「当たった人がコンサートよ」 「分かりました」 「了承した」 三人とも実に真剣な瞳で頷いている。まあ取っ組み合いのケンカされるくらいならこの方が健全だ。 それにしても、いったい誰に当たるのだろう。 よくよく考えてみれば、である。 本命は世界を都合よく改変できる能力を持つハルヒか。 今回は応募総数と比べるなら確率はわずか三分の一である。当たらないかも、などとは考えまい。むしろ何が何でも当ててやる、と思っているはずだ。 しかし相手は二人とも対抗馬であって、ダークホース、穴、大穴などではない。 なぜなら情報操作がお手の物で俺も何度かその力の世話になっている長門と、その気になれば未来に連絡を取って爪楊枝のどれに印が付いているかを知ることができる朝比奈さんなのだから。 長門と朝比奈さんの様子を見ていると、おそらく今回ばかりは不正だろうが禁則事項だろうがぶっちぎって反則してくるであろうことは容易に予想できるってもんだ。 現実、朝比奈さんは今、瞳を伏せて胸に手を合わせて何かを念じている。 どうもその姿が俺には未来と連絡を取っているような気がしてならない。 それにコンサートに俺と一緒に行く程度のことが世界を揺るがすほどの過去干渉とは思えんしな。 正直言って、誰に当たるのか想像もできんぜ。 「せーので全員一緒に引くこと。いいわね? せーのっ!」 ハルヒの掛け声と同時に三人とも手を伸ばす。 もっともハルヒは右手に爪楊枝を持っているので左手を伸ばすのだが―― って、おい!? …… …… …… そうかそうか。よく考えたらそうなるよな。どれが当たりくじかは(ハルヒは無自覚だが)三人とも分かっているんだ。三人とも同じ爪楊枝を摘むわな。 あーこれはもうどうしようもないぞ。たぶん、三人とも譲るつもりはないだろうし。 が、ハルヒが実に建設的なことを言ってきた。 「あたしが先に掴んだと思うけど?」 「う……」「……」 朝比奈さんがうめき声をあげて、長門が三点リーダ沈黙。 確かに俺の目から見ても一番先に掴んだのはハルヒだった。 しかもハルヒは長門や朝比奈さんと違ってそれが当たりだということを知らないで掴んだのである。 先に掴んだものに優先権があるのは仕方がないし、長門と朝比奈さんは答えが分かっていた以上、諦めるしかない。 ううむ。やっぱズルは良くないということなのだろうか? ただ、ハルヒの能力を考えるならそれが一番のズルのような気もするのだが、ハルヒが知らない以上、長門と朝比奈さんにはそれがイカサマだと突き付けられる証拠がない。 かくして。 AMIYUコンサートにおける俺のもう一人の相手は涼宮ハルヒとなったのである。 と、この時は思っていたのだが。 当日、日曜日。 光陽園駅北口、SOS団御用達の場所にはSOS団全員が集合していた。 もう説明の必要はないよな。 そう。古泉の機関の手回しがあと二枚のチケットをゲットしてきたのである。いったいどうやったのかを知りたくて古泉に訊いてみたが、とんでもない答えが返ってきた。 「チケットを手に入れないと涼宮さんが暴走するかもしれません、と言っただけですよ。嘘は付いていません。もし涼宮さんが当たりくじを引かなければそうなっていた可能性は否定できないのですから」 いやまあ……なんつうか…… 「ご心配なく。ちゃんと譲ってくださった方々にはそれ相応の謝礼を差し上げております。そうですね、おそらく十年は遊んで暮らせるほどの資金を提供させていただいて――」 「もういい」 俺は古泉の話をばっさり切り捨てた。これ以上は絶対に聞かん方がいいだろう。 つか、お前、性格変わってないか? あっそうそう。実は今回、もう一人、特別ゲストが招待されている。 チケット三枚に対して、男女ペアは三組いるのである。 俺はクジで決まっていたハルヒ、古泉は朝比奈さん、で、もう一組は長門と、という訳だが誰だか分かるかい? もし国木田か谷口と思ったなら違うぜ。あの二人はセット扱いだ。さらに一人余る事態を招くだけだからな。 では誰か。 答えはお隣さん。コンピ研の部長さんだ。もちろん、彼もAMIYUのコンサートと聞いて二つ返事でOKしたさ。 ちなみに、なぜ彼なのかというとだな。国木田や谷口以上に部長さんは長門と面識があるからなんだ。 なんせ長門はコンピ研の特別部員だからな。 ましてやこの部長さんには、我らがSOS団団長殿が相当お世話になっている。パソコンのことは勿論、機関誌発行にも力を貸してもらった。 ただ、彼は朝比奈さんに狼藉を働いた(働かさせられたとも言う)身であり、お互い気まずい思いを抱くであろう二人でペアを組ませる訳にもいかず、結果、長門が部長さんとペアを組むことになったんだ。 まあもっとも。 古泉、朝比奈さん、長門、部長さんの席は横並びではあったが、チケット入手方法が違う俺とハルヒはこの四人からはちょっと離れていた。 盛り上がるコンサートの内容の描写は省かせてもらう。 というか、俺も夢中になっていたんで周りに何が起こっていたかなんてさっぱり覚えていないんだ。もちろん、俺だけじゃない。ハルヒも大音量で声援を送っていたさ。 もっともそんなハルヒの声も心地よかったくらいだ。 で、コンサートのラストで、だな。 「それでは今回のペアはこの二人にします!」 って、はい!? 壇上からリーダーの平野綾さんが俺とハルヒの座席番号を叫んだのである。 周りからは落胆の声と歓声が沸き起こる。 AMIYUのコンサートではラストに来場したファンの中から一組選ばれて、数多くの課題が書かれた何万通の封筒の中から一つ課題を選び、それをAMIYUと供に実行するというイベントがある。 もっともこれはコンサートの名物であって、これがなかなか大受けしているものなのだ。 「ね、ねえキョン……これって……」 「いやまあ……これに当たるとはさすがに思ってなかったんだが……」 俺とハルヒは互いに戸惑いながらそんな会話を交わしている。 ただ、その課題にはかなり突拍子もないことも含まれている場合もあるのだが…… 確かあまりに突拍子のないことであれば拒否権を発動して課題チェンジが可能だったよな……? そんないまだに戸惑いの表情を隠せない俺たちの両脇に茅原実里さんと後藤邑子さんがにこやかな笑顔を浮かべながら俺たちをエスコートし始めた。 もうなし崩しに従うしかない。 いったいどんな課題が待っているのだろうか。 不安と期待が渦巻く中、俺たちはAMIYUに囲まれる。 俺たちが並んで立ったところで平野綾さんが俺たちをフルネームで紹介してくれた。 ううむ。本名で呼ばれたのは実に久し振りな気がするぞ。 「では封筒を一通選んでください」 後藤邑子さんが朝比奈さんを彷彿とさせる笑顔で甘く甲高い声をあげる。 と、同時にスタッフが数多の封筒が収められた透明のボックスを俺たちの前に置いた。 「ハルヒ、お前が引いてくれ」 「分かったわ」 言ってハルヒが上部の穴から腕を突っ込み、ガサガサさせることしばし、 そして一通の封筒が、今度は茅原実里さんに手渡される。 その中身は―― 「――という平野綾さん主演の物語の一番のベストシーンを演じること」 って、ちょっと待てぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ! 長門張りに淡々と読み上げた茅原実里さんの言葉に俺は心の中で絶叫した。 誰がこの封筒を投函したかは知らんがとんでもない課題を突き付けてくれたのものである。確かにアレは名シーンであることは認めるがここで素人にやれと言うのか!? しかも、そのシーンつったら…… あー隣でハルヒも力いっぱい困った顔をしているぞ。 ま、まあ……嫌がってはいないようだが…… 「あの……本気ですか……?」 気がつけば、俺は観客を盛り上げている平野綾さんに戸惑いの声をかけていた。 「何か問題でも?」 「いや……大問題だと思うんですが……」 「そうかしら? そっちの彼女はまんざらでもない顔しているし大丈夫なんじゃない?」 「ええっと……」 「それに」 平野綾さんの笑顔の明るさがさらに増した気がする。つか、まるで会心の悪企みを思い付いた時の300ワット増しのハルヒの笑顔とダブるぞ。気のせいか? 「今、キミはそっちの彼女のことを下の名前で呼んだわよね? だったらこの課題くらい日常茶飯事の仲なんじゃないの?」 と同時に巻き起こる指笛と口笛の嵐。 待て待て待て。俺とハルヒはまだ……って訳でもないが高校生なんだ。んなこと公衆の面前でやれるほどの度胸を持ち合わせてなどいないぞ。 という俺のツッコミを平野綾さんは聞くことなく再び観客を盛り上げていたのである。 この時点で俺の拒否権発動の権利は完全に失われてしまったようだ。 と、同時に俺とハルヒは控室へと連れて行かれた。 さて、課題に書かれていたシーンがどんなシーンだったのかというと―― 俺たちは着替えもすまされて壇上に再び進まされた。 もう逃げ出すことはできないが、できれば逃げ出したいところである。 マジか? マジでやらなきゃならんのか? 「諦めましょキョン。仕方ないじゃない」 「お前はいいのか?」 「んまあ少しは躊躇う気持ちもあるけど割り切るしかないわね」 「割り切りって……んな簡単に……」 「何言ってんの。いいこと」 言って、俺の耳を引きちぎらんばかりに自分の口元へと引き寄せるハルヒ。 「あたしはあんたが相手じゃなかったら断ってた」 少し頬を染めたハルヒの、俺以外に誰も聞こえないような小声の一言が俺に思い切りを持たせてくれたのは言うまでもない。 平野綾さんが声を張り上げる。 「それではセリフはあたしが男の子役を、邑子ちゃんが女の子役をやります! 二人はそれに合わせて演技してくださいね!」 やれやれ。分かったよ。分かりました。 やってやろうじゃないか。もうやけくそだ。 諦観のため息をひとつついて俺はハルヒに向き直る。 ハルヒも俺を上目づかいに見つめた。 そしてハルヒの肩に俺は手を置き、平野綾さんと後藤邑子さんが台本を読みはじめたのである。 とっても豊かに情緒あふれるこのシーンにぴったりな声で。 『なによ……』 『俺、実はポニーテール萌えなんだ』 『なに?』 『いつだったかのお前のポニーテールはそりゃもう反則なまでに似合ってたぞ――』 ……たぶん、これがハルヒがAMIYUに共感した一番の理由だな。 そう、俺たちが演じることになったシチュエーションは何故か、去年の五月のあの日、前振りや経過はさておき。この部分だけは俺とハルヒが演技ではなくやったこととまったく同じだったのである。 しみじみと思う――偶然だと信じたい、と―― この涼宮ハルヒの憂鬱SSはフィクションであり、 実在する人物、団体、事柄、その他の固有名詞などとは何の関係もありません。 嘘っぱちです。 一部勝手に作ったものもありますが、どこか似ていたとしてもそれはたまたま偶然です。 他人の空似です。以上。